After the Rain〜ジークのバレンタイン〜      3 

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『銀賞は、飛び入り参加のフィリックさんです!』

大きな歓声に後押しされてステージに上がったフィリックは、コンサートの主催者から銀のメダルを
受け取ると、観衆に対して一礼してジークリートの元へと駆け寄った。

「ど・・・どうだった?」
「ああ、驚いた。お前にこんな才能があったとはな。」
「えへへ。研究所じゃ披露の機会もなくてね。」
「あの曲は? 初めて聞いたが・・・何だか不思議な曲想だったな。」

上気した表情で、フィリックは胸を張った。

「実はね、あれはほとんど即興なんだ。・・・ウケたみたいでよかったよ。」
「では、何故そう言わなかった? 金賞も狙えただろうに・・・」
「ふっふっふ、銀賞の副賞を狙ってたんだよ。時計なんてもらったってぼくには役に立たないしね。」
「狙ってた・・・一体何をだ?」
「えーと・・・あ、これこれ。この果物食材セットとかどうかな? 珍しい果物がいっぱいだよ。」
「う・・・」

篭一杯の果物を前に立ち竦んだジークリートの様子に、フィリックは表情を曇らせた。

「そっか、忘れてた・・・ジークは果物が苦手だったっけ。」
「いや、その・・・なんだ。」

珍しく赤くなったジークリートは、慌てて周囲を見回すとフィリックの耳に何事かを囁いた。それを聞いた
フィリックの目が丸くなる。

「え? だって、みんなの前では・・・」
「だから・・・この事をあの二人が知ったらどうなる? “善意”という名目で何をされるか分からない
だろう。」
「うーん、確かに。・・・でも、今まで大変じゃなかった?」
「大変だったさ。今だって自分を抑えるのが一苦労・・・ああ、この事はくれぐれも他の者には内密に
頼む。」

(そうか・・・晩餐会とかで、ジークが固まってた理由はこれだったんだ)

くすっと笑ったフィリックは、胸を大きく叩いてジークリートに宣言した。

「分かってるって。じゃ、帰りはぼくの家に寄っていってよ・・・腕によりをかけて晩ご飯を作るからさ。
もちろん、デザートもね。」
「あ・・・ああ。期待している。」
「まかせてよ!」

篭を担いだジークリートを自分の家へと案内しながら、フィリックは楽しそうに笑うとジークリートに
話しかけた。

「ふふふ、楽しみだなぁ。こうやって、同期の友達と一緒に何かする・・・ってのも最近なかったしね。」
「言われてみれば、確かにそうだな。もう・・・卒業して随分になるが、皆忙しい身の上だからな。」
「ねえ、年に一回くらいはこういう機会を作れないかな? ・・・そうだ!!」

何を思い付いたのか、言葉の途中で大きく手を打ったフィリックは、ジークリートに向き直ると目を
キラキラさせてこう提案した。

「帰ったら、みんなでテラに手紙を書こうよ! きっと喜ぶよ!!」
「ああ・・・それは良い考えだな。テラが里に戻ってからもう十年になる・・・そろそろ復帰して貰いたい
ものだな・・・」
「もう・・・ジークはすぐにそっち方面に考えを持っていくんだから! ダメだよ、手紙を出すのは
“同窓会のお誘い”のためだからね。竜王云々の話はさ、テラの気持ちが第一なんだからね。」
「悪かった・・・そうだな。これは無理強いできることではないしな。」

頭を掻いたジークリートを尻目に、フィリックは指折りして同期生の所在を確認し始めた。

「同期って言うと・・・ぼくらとティア、ロアにエルとアルは近くにいるわけだし。・・・シーザが巡視から
帰ってきたら竜王に報告に来るよね、その時にこの話しておいてよ。」
「分かった、引き受けよう。」
「ロアにはぼくから話しておくから・・・ふふっ、何か面白い術の一つも開発してみようかな〜。」
「くれぐれも、本業をおろそかにしない範囲でな。」
「分かってる、分かってるって!」

こうして、楽しそうに同窓会の計画を口にするフィリックの後姿を見ながら、ジークリートはこの日
初めての笑顔になったのだった。

(そうだな・・・これなら、“ばれんたいん”も満更ではなかった・・・と言えるかも知れないな)


  *


こうしてジークリートがエルフィートに対して抱いた仄かな感謝の念は、翌日から宮廷内の至るところで
囁かれるようになった「ジークリートとフィリックは実はデキている」という噂によって木っ端微塵に
なった。結局、フィリックは“バレンタインデー”の本質を「尊敬する相手に贈り物をする日」だと勘違い
したままだったのである・・・悪気がないだけに、こういう勘違いが最も始末に困る。
この事件以来、ジークリートとエルフィートの間の溝は今まで以上に深まり、いずれ全面戦争に発展
するのではないか・・・と宮廷内ではもっぱらの噂である。


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