終わらない物語  1     

終わらない物語


 −1−

オ――――――――――ン・・・

洞窟の中に、遠い地鳴りが木霊する。
暗闇の中、僅かに目を開いたジークリートは辺りの気配を窺った。
ややあって、微かな揺れ。どこかで岩肌の一部が剥落したのだろうか・・・しばらくして、ぱらぱらと
小石が地面に落ちるような音がジークリートの元へと届いた。

(・・・収まったか)

恐らく、この火山は完全には死んでいないのだろう。
ここ数日は、いつもより地鳴りや揺れが多いような気がする。もしかすると、数千年ぶりにこの山が
噴火するのも、そう遠い日のことではないのかも知れない。
しかしそれも、今のジークリートにはどうでもいいことだった。
・・・もうすぐ自分は、死ぬのだから。
目を閉じたジークリートは、再び深いまどろみの中へと戻っていった。


  *


テラが死んだのは、一昨年の冬のことだった。
それを見届けるようにして、彼女の良き友であり、またジークリートと共に補佐官の一人でもあった
水竜のルクレティアも死んだ。こうして、かつての同期生の面々の中で、ジークリートは最後の一人に
なってしまったのだった。
皆の死にざまは、様々だった。
やりたいことはやったと満足そうに笑う者、意外に早い死の訪れを悔やむ者。先に死ぬことをジーク
リートに向かって詫びる者もいた。ジークリートは、時に笑顔で、また時に泣きながら・・・その全てを
看取ってきたのだった。

『これで、リカルドの許へ行けるのね・・・』

今際の際・・・そう呟いたテラは、幸せそうに微笑んでいた。
早過ぎる竜術士との別れから、早二百年以上。これでやっと、本当の意味でテラに安息の刻が
訪れたのだと・・・葬儀の後、ジークリートとルクレティアはしみじみと語り合ったものだった。その
ルクレティアも今はもう亡い。

自分一人がこの世に遺されてしまった。その寂しさは、妹のアトレーシアが死んだときに耐え難い
ものになった。
もちろん、宮廷内に身の置き場がなかったかと言えば、そうではなかった。 竜王の代替わりに伴って
ジークリートも竜王の補佐官の職を辞することになったが、周囲からは、長い間竜王グラシノーラを
助けてきた有能な補佐官として、尊敬の目で見られることが多かったからだ。
事実、現在宮廷に出仕している者たちの中にも、かつてジークリートがその教育に当たった者が数多く
いた。彼が宮廷から去ることを決めた際には、それを惜しむ声が多く聞かれたものだった。
しかし、それだけだった。
親しくしている相手がいないわけではなかったが、どうしても同期生たちとの付き合いのようには
行かなかった。何より、共に過ごした時間が違い過ぎたのだ。
時が経つにつれて、ジークリートははっきりと悟るようになった。・・・自分のことを本当に理解して
くれている相手は、もうこの世にいないのだと。

こうして、一人になったジークリートが最後に望んだのは・・・せめてテラの傍で死にたい、ということ
だった。
竜王であったテラの墓は、ナーガ諸島の火竜縁の地、オノトア島にあった。
もちろん、かつての側近であったとは言え、理由もなく竜王の墓に立ち入ることは許されない。代わりに
ジークリートが終の住処として選んだのは、テラの墓から程近いミトラ火山の麓に広がる洞窟のうちの
一つだった。
ここにある洞窟は迷路のようになっており、その全貌は未だ明らかにされていない。
当然まともな地図もなく、立ち入った場合生きて戻るのは困難だと言われていた。・・・だがそれは
ジークリートにとって、余計な邪魔が入らないということでもあった。
人化の術を解き、元竜の姿で地面に横たわる。
ジークリートは、ここでひっそりと死ぬつもりだった。もう、「家族」と呼べる相手はこの世にいなかったし
・・・本当の意味で自分の死を悲しんでくれる相手もいない。
全てが、物憂かった。

(早く、迎えに来てくれ・・・)

ジークリートが毎日考えるのは、そのことだけだった。
それは今日か、それとも明日か。
・・・皆のところへ行けるのも、もう程無くのことだろう。


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