Se.le.ne
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「それで、あんたはこんなところでいじけてるってわけか。大変だな、尻に敷かれるってのも。」
「トレベスさん・・・。そんな、他人事みたいに言わないでくださいよ!」
「いや、実際他人事だしな。」
恨めしそうな様子のテーセウスに向かって笑顔でやり返すと、トレベスはその隣に立った。木立ちの
間を透かすと、地竜術士の家の勝手口が見える。食事時とあって、その用意をする賑やかな様子が
伝わってくる。
地竜術士の家にやってきたトレベスを、無理矢理ここまで引っ張ってきたのはテーセウスだった。
事情を打ち明けられたトレベスが、にやにやしながらテーセウスの肩に手を置く。
「しっかし、あんたも変わらないな。初めて会ったときのことを、覚えてるか? あのときもあんた、
こっそり窓からアリシアのことを覗いてたもんな。・・・ひょっとして、こういうのが趣味なのか。」
「トレベスさん! 怒りますよ!」
「おっと、冗談だよ冗談。大声出すと気付かれちまうぞ? ・・・しっかしなぁ、そんなにあのお姫さんは
怖い人なのか?」
「ええ・・・そりゃもう。都では、みんなが怯えていますよ。いつ、姫様がその槍に手をかけるのかって
・・・。」
慌てて口を押さえたテーセウスが、心なしか肩を落とした。
「しかしな。前にも聞いたが、ありゃあんたの想い人なんだろうが。周りには他の夏の精霊もいない
わけだし・・・思い切って、思いの丈を伝えてみたらどうだ?」
「なっなっなっ何てことを! 姫様に聞かれたら、どうするんですか!!」
「どうもしないだろ、案外とんとん拍子で話が進むかも知れないぞ。・・・大体な、わざわざお姫さんが
たった一人で、あんたのことを追っかけてきたんだろ? ひょっとすると脈があるんじゃないか。」
「どうせ駄目ですよ。そもそも、僕の腕じゃ姫様には勝てるわけもないし・・・」
「? なんでそこで“勝負”が出てくるんだ?」
首を傾げるトレベス。小さく溜め息をついたテーセウスが、トレベスに向き直ると説明を始めた。
「いいですか。僕たち夏の精霊にとっては、力が全てなんです。恋愛や婚儀もその例外ではなくて、
想いを伝えるときも相手に勝負を挑むのが決まりなんです。たとえ相手にその気がなくても、勝てば
相手を自由にできますし・・・逆に負ければ、意に染まぬ相手との婚儀を強制されることもあるん
です。」
「へえ・・・。そりゃまた男らしい決まりだな。でもな、結婚まで無理矢理にさせられたら、色々と騒ぎに
なりそうなもんだが。」
「まあ、夏の精霊の大半はより強い相手に惹かれるので、この決まりで問題が起こったって話はあまり
聞きませんけどね。それどころか、略奪婚すら奨励されているんですから。夫は、妻を守るために文字
通り命を懸けるんです。」
「ふーん。・・・なあ、ひょっとしてそりゃあ・・・もしあんたがあのお姫さんと結ばれたい場合は、戦って
勝つ必要があるってことになるのか?」
「そうなんですよ!!」
やけ気味に叫んだテーセウスが、ぞっとしない表情を浮かべた。小さく肩を竦めると、近くの草むらに
目を泳がせる。
「今まで姫様に挑戦した男は数知れず。そりゃ、王の一人娘ですから、娶ることができれば将来は約束
されたようなものです。しかし、その誰もがまだ、姫様に勝ったことはないんですよ。」
「はあ・・・そりゃまた、随分とゴツい話だな。あの外見からは、想像もつかんがな。」
「一度会えばすぐ分かりますよ。僕なんか、向き合っただけで足がすくんで動かなくなっちゃうんです
から・・・とても無理ですよ、姫様に挑戦するなんて。」
「まあ、あんたにはアリシアがいるんだからな。浮気をするとこっちも怖いぜ? ・・・お、件の鬼姫様が
こっちに来るぞ。ちょうどいい、紹介してくれ。」
「えっ・・・ぼ、僕は―――――」
「テーセウス! 昼餉の準備が整いましたよ。」
勝手口から出てきたセレネが、木立ちの陰に潜んでいた二人に声をかける。その声にびくりと体を
震わせたテーセウスが、その場で直立した。
「こんなところで、何をしているのですか。・・・こちらの方は?」
「あ・・・あ、ああ、その。こちらは木竜術士のトレベス殿です。かつて私がアリシア殿と出会ったとき、
その命を救うのに尽力をしていただきました。」
「ならば、テーセウスの恩人でもあるわけですね。お初にお目にかかります、夏の精霊王の一人娘
セレネです。お近付きになれて光栄です。」
「こりゃどうも。木竜術士のトレベスだ。」
「貴方のお蔭で、夏軍は貴重な指揮官の人材を逸せずに済みました。私からもこの通り、御礼を
申し上げます。・・・実はこれから昼餉なのですが、トレベス殿も共にいかがですか。」
「元よりそのつもりさ。今、テーセウスから色々とあんたの武勇伝を聞いてたところだ。」
「そうでしたか。いや、お恥ずかしい。・・・では、こちらへ。」
微笑んだセレネが、会釈をすると踵を返した。その後ろ姿を見送っていたトレベスは、感心したように
首を振った。
「いやはや・・・。あんたから聞いてはいたが、まるで双子のようだな。二人ともアリシアと同じ恰好を
したら、見分けが付かんかも知れんな。」
「・・・・・・。」
「・・・どうした? そんな、この世の終わりみたいな顔をして。」
「トレベスさん・・・。武勇伝だなんて・・・何てことを、言うんですか・・・。」
「大丈夫だろ、満更でもなさそうだったしな。・・・ほら、行くぞ。ぼやぼやしてると、本当にどやされ
ちまうんじゃないか。」
「ああ・・・。もう・・・おしまいだ・・・」
がっくりと肩を落としたテーセウスの肩を、大仰にどやしつける。にやりと笑ったトレベスは、相手と
並んで勝手口の方へと歩き出した。