フラッシュバック    2   

 −2−

死を目前にしたとき、人は何を考えるものなのだろうか。
想像もできない、死後の世界に対する恐怖だろうか。それとも、あまりに早い死の訪れに対する、
やり場のない怒りや諦め・・・あるいは、それまでの自らの生き方への後悔があるのか。
その一方で、“家族”に囲まれ、心底「幸せな一生だった」と思いながら死んでいくことができるという
ことも、このコーセルテルでカレルを見送ったトトは知っていた。

(母さん・・・)

こうして、ベッドから出ることができなくなってからは・・・考えることは、セトのことばかりだった。
セトは、幸せな老後を迎えられたのだろうか。老い、あるいは病に倒れたとき・・・孤独の中ではなく、
子供たちに看取られて逝くことができたのだろうか。そして、そのときには・・・少しでも自分たちのことを
思い出してくれただろうか。
最後にセトに会ったのは、今から実に二百年以上前。トトがコーセルテルの外へ出たのは、あれが
最初で最後だった。そのとき一緒だった光竜のココは、里に戻り族長となった。それからも毎年手紙の
やり取りは続いたが、それも五年前・・・ココの死によって途絶えている。
孤独には、慣れているはずだった。セトがこのコーセルテルから去り、カレルが現れるまでの百年
以上を、トトはたった一人でこの地で過ごしてきたのだ。そのときは、こんなに寂しいと思うことも
なかった。
やはり、自分は老いたということなのか。
できることならば、今すぐにでもセトの故郷・・・フェザンへ飛んでいきたかった。少しでも、セトを身近に
感じられる場所で一生を終えたい。だがそれも、今となっては到底叶わない望みだった。

(・・・・・・)

言うことを聞かなくなった自らの体にちらりと目をやると、トトは口元を歪めた。
死ねば、セトやココに会えるだろうか。昔のように、何の心配もなく・・・毎日笑顔で暮らせるだろうか。
ならば、ここでずるずると生き延びることには何の意味もない。
しかし、カレルの死後・・・次の暗竜術士はまだ現れないままだった。今自分が死ぬことになれば、
遺されたイトカはこの地に一人きりになってしまう。
そして、カレルが育てた二番竜のミレナ。遥か昔、宇宙の彼方へと旅立った同族を追い、この星を
飛び立っていったミレナのその後も気がかりだった。





(・・・?)

笑い声が聞こえたような気がして、物思いに沈んでいたトトは、薄目を開けるとゆっくりと顔を上げた。
今、この暗竜術士の家にいるのは、カレルが育てた暗竜のイトカ一人。・・・笑顔すら滅多に見せない
イトカが、ましてや声を上げて笑うことなどまず考えられない。恐らく、自分の気のせいだったのだろう。
小さく首を振ったトトが再び目を閉じようとしたとき、今度は小さな足音が聞こえた。それは寝室の前で
止まり・・・やがて、寝室の入り口の扉から懐かしい顔が覗く。

(まさか・・・!!)

深い藍の髪。三つ編みの大きなおさげ。そして、他人に活発な印象を与える大きな瞳。・・・それは、
三人が離れ離れになったあの日のままの姿だった。
相手は、トトと目が合うと小さく首を傾げ、いたずらっぽく笑った。・・・と、その肩を抱くようにして、もう
一人の人物がその場に現れた。
腰までの長いウェーブのかかった髪と、大きなリボン。穏やかそうな笑顔は、最後に会ったときと何ら
変わることがなかった。

(くっ・・・!!)

体が、動かない。今すぐベッドから出て、二人を抱き締めたい。だが、指一本自分の自由に
ならないのだ。
もどかしい思いに囚われ、眉間に皺を寄せたトトの様子を眺めていたセトとココは、やがておかしそうに
笑い合った。

『ふふ。トトも、すっかりおじいちゃんになっちゃったんだね。』
『仕方ありませんわ。私だって、最後はしわくちゃのおばあちゃんになってしまいましたし・・・それを
言うならお母様だって。』
『あ、そっか。』

頭を掻いたセトが、トトに向かって歩み寄る。

『遅くなって、ごめん。なかなか、迎えに来れなくて・・・』
「母さん・・・なのか・・・?」
『もう、そんな顔しないでよ。・・・トトがさ、あんまり色々心配事抱えてるからさあ・・・つい、ね。』

小さく舌を出したセトが、手を差し出した。

『さ、トト、行こ。』

その瞬間、トトは自分の体がふっと軽くなるような感覚に襲われた。
気が付くと、青年時代の姿に戻った自分はベッドの傍らに立っている。振り返ると、年老いた自分の
体は相変わらずベッドの中にあった。その顔が微笑んでいるのを見て、トトは全てを悟ったのだった。

(そういうことか・・・)

自分は今、死んだのだ。魂だけが、ここにいる。そして、これから・・・死後の世界へと旅立とうとして
いるのだ。

『トト、どしたの?』
『そうですよ。そんなところでボーっとして。』
『いや・・・』

二人の方を振り向いたトトは、久しぶりの穏やかな笑顔を浮かべていた。

『それより・・・新しい暗竜術士、来たんでしょ? その話も、聞かせてよね。』
『そうですよ! 私も、結局会うことはできなかったんですし。』
『ああ・・・そうだったな。』

話し声が遠ざかる。
後に遺されたのは、年老いたトトの亡骸だけ。その背に常にあった不安の象徴、大きな暗竜の翼は
いつの間にか消えていた。


フラッシュバック(3)へ