TWILIGHT IN UPPER WEST  1     

TWILIGHT IN UPPER WEST


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竜都ロアノークは、冬の最中にあった。
ウィンシーダは、ベッドの中にいた。時折咳き込みながら、窓を通して、暮れかけた空を背景に
ぽつぽつと粉雪が落ちてくるのを眺めている。
夫であるランバルスは、この寒い中滋養になるものを探しに出かけている。今、ウィンシーダは
一人きりだった。

ウィンシーダが倒れてから、もう十日が過ぎていた。
ただの風邪でないことは、すぐに分かった。四十度近い熱が一週間近く続き、身体の節々がひどく
痛んだ。最近では、ここにいるはずのない娘の姿が見えたりすることもあり、段々と現実と幻の
区別がつかなくなって来ている。自分の中で、命の炎が刻一刻と小さくなっていくのに、ウィンシーダは
気付いていた。
原因に、思い当たる節はあった。過日の遺跡探索・・・悪質な風土病がある土地であり、害虫に身を
晒さないよう特に注意したはずだった。
医師の話によると、治療法は特にないという。それはつまり、病が治るかは単に「運」であるという
ことだ。学生たちには、「遺跡の探索で、最後にものを言うのは“時の運”」と豪語して憚らない
ウィンシーダであったが、まさか自分がそうした立場に立たされるとは思ってもみなかったのだった。

自分が倒れた後、見舞いに訪れようとする相手をウィンシーダは一切近付けようとしなかった。娘で
あるヴィアンカも知人に頼んで預かってもらっている。この病気によって、愛する娘まで苦しめたくは
なかった。
しかし、どんなに言っても、夫であるランバルスだけは自分の傍を離れようとしなかった。表面上は
「仕方ないわね」という顔をしながらも、ウィンシーダは夫の愛情を心底嬉しく思ったものだった。
一週間経って、続いていた高熱は引いた。とりあえずホッとしたウィンシーダだったが、医師と二人
きりで話をしていたランバルスはひどく難しい顔をしていた。それを目にした瞬間、ウィンシーダは
全てを悟った。・・・もう自分は、助からないのだと。
ランバルスは、その後も変わらず・・・いや、むしろ益々明るく振舞うようになった。ウィンシーダには、
ランバルスが何を考えているか手に取るように分かった。それだけに、自分に向けられる翳りのない
笑顔が尚のこと痛々しく感じられるのだった。

死への恐怖はない。今まで、常に精一杯生きてきたし、こうして若くして死ぬ人間も自分だけではない
ことを知っているからだ。単に、そういう運命だった・・・と割り切ればいいのだ。
しかし、こうして独り残されると、このまま死んでしまうのではないか・・・という寂しさに苛まれることが
あった。ここ数日、その気持ちは段々と強くなって来ている。
そして、ウィンシーダには心残りが二つあった。
一つはもちろん、夫のランバルスと娘のヴィアンカを遺して逝くことになること。特にヴィアンカは、
ここのところあまり体の具合が良くないとランバルスから聞かされていた。
今年の冬はいつになく厳しい。こうして自らも病に倒れながらも、愛娘にもしものことがあったら・・・と
思うとウィンシーダは気が気ではなかった。
そして、もう一つは・・・自身の果たせぬ夢。
言語学を学び、資料を読み解くうちに幾度となくその記述を目にした伝説の地・・・コーセルテル。
竜の楽園とも、精霊の眠る地とも言われるその場所を解明し、いつの日かそこを訪れるのが彼女の
夢になっていた。
しかし、そのための時間はもう残されていない。

「その夢・・・叶えてあげようか。」

ふいに、誰もいないはずの部屋の片隅から声がした。ゆっくりとそちらに目を向けたウィンシーダは、
そこに一人の女性が立っているのに気が付いた。
時代がかった、赤を基調とした鎧と金のハチガネ。右手には盾、そして左手に大きなランスを持った
“騎士”の装いをした相手は、静かにウィンシーダの方に歩み寄ると枕元に立ち、彼女を水色の瞳で
見下ろした。栗色のツインテールが微かに揺れる。

「あなたは・・・?」

言いかけて、ウィンシーダは咳き込んだ。それが治まるのを待って、相手は再び口を開いた。

「わたしは、夢の精霊・・・メア。」
「夢の・・・精霊?」

曲がりなりにも精霊という存在に触れたことはあったし、文献資料にそうした名が出てくることもあった。
だが、「夢の精霊」というのは今初めて耳にした名前だった。
これも、病気のせいで見ている幻なのだろうか。あるいは、相手は死神の類なのか。
どちらでも良かった。ただ、もし今死ぬのなら・・・ランバルスの顔を見ながらでないことが悔やまれる。
彼もまた、自分の死に目に会えなかったことを後悔し、悲しむだろう。
だが、もう自分にはどうにもできない。

「さあ、目を閉じて・・・。」

言われるままに頷き、ウィンシーダは目を閉じた。すぐに、深い闇が彼女を包み・・・ウィンシーダは
眠りに落ちていった。


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