TWILIGHT IN UPPER WEST    2   

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気が付くと、ウィンシーダは森のはずれに立っていた。
季節が季節とあって、辺りを吹き抜ける風は冷たかったが・・・都市であるロアノークの身を切るような
それとは違う。ウィンシーダは、その風にそこはかとない優しさを感じたような気がした。
そして、目線の先・・・川の中州に当たる部分には、取り残されるような形で一軒の家が建っている。

「一日、時間をあげる。」

背後から、メア・・・と名乗った精霊の声が響く。
戒めを解かれたように、ウィンシーダは歩き出した。
ここ数日は、ベッドの上に身を起こすだけで息が切れたはずだった。それが、こうして歩いているのに
今は何ともない。そう、かつて遺跡を駆け巡っていた元気なときの自分のように。
嬉しくなって次第に小走りになったウィンシーダは、崖に沿って作られた長い階段を下り、やがて家の
入り口らしきドアの前に立ち止まった。特に理由はなかったが、何となくこの家を訪ねなければならない
ような気がしたのだ。
ウィンシーダが扉をノックしようとしたとき、戸口に一人の女性が顔を出した。

「誰・・・?」

見たことのない民族衣装だった。長い水色の髪をワインレッドの髪留めで束ねた相手は、最初は
沈んだ表情をしていた。物憂げにウィンシーダの方を見つめる水色の瞳・・・それが徐々に大きく
見開かれ、やがて相手はその顔をパッと輝かせた。

「・・・もしかして、新しい竜術士候補の方?」
「竜術士?」
「ええ。コーセルテルの外からいらしたんでしょう? ・・・水の資質もあるし、間違いないわ!」

頷きながら、相手の言葉にウィンシーダは目を丸くした。
相手は今、確かに“コーセルテル”と言ったのだ。

「コーセルテル? ・・・ここは、コーセルテルなの?」
「ええ! 竜の楽園、コーセルテルへようこそ!」

うっすらと嬉し涙すら浮かべ、相手はにっこりするとウィンシーダを抱き締めた。


  *


家の中に招き入れられて、相手が淹れてくれたお茶を飲みながら色々な話をした。
エミリアと名乗った相手は、なんと竜なのだという。七種いる竜のうちの水竜・・・しかし、その水竜たちを
預かるはずの水竜術士は、エミリアが補佐をしていたという先代がこの世を去ってからこの方絶えて
しまったままになっている。・・・もう、かなりの歳月になるらしい。

「長かったわ・・・たった独りでこの家にいるのは、辛かった。」

遠い目になったエミリアは、呟くように言った。
先代の竜術士や、自らの弟竜や妹竜と共に過ごした家。そのどこを見ても楽しい思い出と・・・そして、
今はもう自分が独りきりだということが思い出され、その度に悲しくなったのだという。
それでも、彼女は幸せそうだった。無理もない、自分たちの仲間を托せる新しい水竜術士候補が、長い
年月を経てようやく現れたのだから。
否定はしないでおいた。メアが与えてくれた時間は「一日」だという・・・明日になれば嫌でも分かる
ことだ。それならば、今日一日くらいはエミリアには幸せな気持ちでいて欲しいと思ったのだ。

話は続いた。
ウィンシーダには、訊きたいことがそれこそ山のようにあった。質問攻めにされたエミリアは、それでも
分かる範囲でその疑問に答えてくれた。
竜の今までとこれから。コーセルテルの外にあるという竜の「里」について。
竜術、そして竜術士。コーセルテルの置かれている現状と問題点。
・・・やはり、一番の悩みは術士の人材不足のようだった。
午後からは、エミリアに引きずられるようにして近くの村を訪れた。
幻獣人と呼ばれる気の良い人々、争いもなく平和で平等な生活。その昔から「理想郷」として人間の
間でも追い求められてされた生活が、ここにはあった。
そう・・・伝説だと思っていた存在が、ここでは全て現実だったのだ。


  *


「明日は、コーセルテルじゅうを回ろうね! 早速みんなに紹介しなくっちゃ!」

豪華な夕食が終わり、そう言ったエミリアはウィンシーダをやっと解放してくれた。
案内された寝室のベッドに腰かけ、今日一日のことを振り返る。

(何だか、夢のような一日だったわ・・・)

ふとそう思ってから、ウィンシーダはおかしそうに笑った。

(・・・最初から、「夢だ」って分かっていたハズじゃないの)

「ねえ、これは夢・・・そうよね?」

いつの間にか部屋の片隅に立っていたメアに向かって、ウィンシーダは声をかけた。

「そう・・・もう時間なのね。」
「・・・・・・。」
「ありがとう。・・・最後に、いいものを見せてもらったわ。」

敢えて、人生の・・・とは言わなかった。そんなウィンシーダにメアは何も言わず、申し訳なさそうに
僅かに俯いた。

「さあ、帰りましょ。これ以上、あの人に期待させないうちに・・・。」
「・・・・・・。」

しばらくして顔を上げたメアは、不思議そうな顔でウィンシーダに尋ねた。

「あなたは・・・怖くないの?」
「・・・どうして、そんなことを?」
「夢は、夢でしかないの。今まで、たくさんの人に夢を見せてきたけど・・・大抵の人は、帰るのを
拒んだわ。帰れば辛い現実が待っていると知っているなら、なおさら・・・なのにあなたは、どうして
笑っていられるの?」
「そうね・・・。」

いたずらっぽく笑うウィンシーダ。

「怖くないと言えば嘘になるけど、泣いたり叫んだりしても事態が変わるわけじゃなし。・・・それに、私は
まだ生きてるわ。奇跡だって起こるかも知れないじゃない?」

もう、分かってはいた。これが、束の間の・・・そして、最後の安息の刻なのだと。
それでも、最後まで笑っていたかった。
ウィンシーダは、メアに向かってにっこりと笑いかけた。

「さあ、行きましょう。」
「ええ・・・。」

差し出された手を取る。ウィンシーダは、視界が眩い光に包まれていくのを感じた。


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