好き  1     

好き


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光竜術士家の朝は、術士であるスプラの歌声で幕を開ける。


新たなる朝 煌く水面に光が遊ぶ
薫る春風 始まりの季節来たれり



透き通った歌声が、家の前に広がる湖の上を流れていく。
三度の食事よりも歌うことが好きだと公言して憚らないスプラは、日頃から様々な場所でその美声を披露していた。それは、幻獣人の村における祭事や、竜術士の寄り合いの後に行われる飲み会といった場に止まらず、日常の家事や入浴の際にも及ぶ。毎朝、日の出と共に起き出しての歌もその一環で、外界にいた頃からの習慣なのだという。


大いなる希望 胸に秘め
誓いの一歩を今 踏み出さん



まさに盛り上がろうとしていた歌が、不意に途切れる。

「何すんねん、せっかくええ気持ちで歌っとったのに―――――」

口を尖らせたスプラが、たった今自分の背中に命中した枕を拾い上げる。振り向いた視線の先には、顔を真っ赤にした実の息子、チェスターの姿があった。

「あーもう、さっぱりわやや。・・・見てみい、この枕。こない土まみれになって―――――」
「そこじゃねえよ! 朝っぱらから大声で歌いやがって、恥ずかしいから止めろって言ってるだろ!」
「せやかて―――――」
「それとな! パジャマのままで外に出るなって、何回言やあわかるんだよ!!」
「むっちゃいけずやなぁ、自分。・・・ははぁ、さてはうちのかいらしさに参ったんやな? そかそか、自分もそないな年頃になったんやな。」
「―――――ッ!!」

言葉の途中からニヤニヤ笑いを浮かべるスプラ。その完全に人を食った態度に、チェスターがギリギリと歯軋りをしたとき、背後の戸口から一番竜のチェルシーが心配そうな顔を覗かせた。どうやら、チェスターの大声が気になったらしい。

「あ、あの・・・。母さま、兄さま、そろそろ朝食にしませんか。」
「・・・・・・。」
「に・・・兄さま!? あの、どこへ―――――」
「決まってんだろ! 家出すんだよ、家出!! こんな家にいると、オレの方がおかしくなっちまうぜ!!」

ちらりと背後を振り返ったチェスターは、呼びかけを無視して歩き出した。スプラの横を通り過ぎたところで、チェルシーに向かって怒鳴り返す。

「それとなチェルシー、その“兄さま”って言い方やめろ! オレとおまえは、血は繋がってねえんだからな!!」
「でも、兄さま―――――」
「あーあーあーもう!!!」

憤懣遣る方ないといった表情で地団太を踏んだチェスターが、再び足音荒く歩き出した。その後姿に、スプラののんびりした声がかけられる。

「気ぃつけてな。カレルに迷惑かけんように、夜までには帰るんやで。」
「うるせえよ!! だから、家出するっつってんだろ!!!」


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