好き      3 

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光竜術士スプラの補佐竜、チェルシーが暗竜術士の家を訪ねてきたのは、カレルの言葉通り夕刻になってからだった。

「ふん。おまえ、何しにきたんだよ。」
「あの、兄さま。・・・そろそろ、家に帰りませんか。」

一番竜である暗竜イトカを抱いたカレルとトトが見守る前で、チェルシーがおずおずと切り出す。対するチェスターは、昼寝に使ったソファの上でふんぞり返ったままだ。

「だから、その呼び方やめろっつったろ。・・・大体な、オレは家出してるんだぜ。今度こそ、オレは気が済むまでここにいるからな。」
「で・・・でも、それではカレルさまに、ご迷惑がかかるのでは・・・。」
「へん、生憎だな。カレルはずっといてもいいって言ってくれてるぜ?」
「そ・・・そんな! あの、もし・・・兄さまにずっと戻ってきてもらえないと・・・。わたしたち、これからどうやって暮らせばいいか・・・。」
「けっ。本音が出やがったぜ。どうせ、最初っからそれが目当てだったんだろ? ・・・今まで、オレがどんだけ一人で苦労してきたか、思い知りやがれってんだ。」

困り果てた顔になったチェルシーに向かって、チェスターが憎々しげに言い放つ。どうやら、光竜術士家内の“歪み”は、話に聞いた以上に深刻らしい。

「ってことだからな、とっとと帰れ。・・・それか、オレに土下座の一つもするってんなら、考えてやってもいいぜ。」
「土下座・・・です、か?」
「ああ。今まであなた一人に家事を押し付けてしまってすみません、これからは自分たちも死ぬ気でやりますから、どうか帰ってきてください、ってよ。・・・どうだ? 悪くねえ条件だと思わねえか?」
「いえ・・・。・・・その、・・・。」
「おい、どうなんだよコラ。できねえのか? ・・・ま、そうだよな。所詮はおまえら光竜はあのバカの言いなりだもんな。今日だって、どうせあのバカに言われて来たんだろ?」
「・・・・・・。」
「黙ってちゃわかんねえだろ。言いたいことがあんなら、はっきり言えよ。」
「・・・ちゃいます!!」
「どわぁっ!」

チェスターの言葉の途中から肩を震わせていたチェルシーが、ここで大声を出した。そのまま相手に向かって二歩、三歩と詰め寄ると、早口で捲し立てる。

「ここに来たんは、うちの意志や!! 母さんは関係あらへん!!」
「お・・・おい。おまえ―――――」
「うちら、家族やろ! 家族のことを心配するんが、そないあかんことなんか!?」
「い、いや・・・そりゃ、悪くはねえけど・・・。って、それとこれとは、別の話だろ! いいかチェルシー、オレはな―――――」
「兄さん!」

チェルシーの剣幕に、チェスターがたじたじとなる。言い返そうとしたところで、チェルシーがその言葉を遮った。チェスターの瞳を正面からじっと見据えながら、はっきりと言う。

「なあ、兄さん・・・いけずせんといてえな。うちは、兄さんのこと・・・大好きやねんで? せやから、こうして迎えにきたんやないか。」
「チェルシー・・・。・・・おまえ―――――」
「兄さんは・・・うちのこと、嫌いなん・・・?」

涙をいっぱいに溜めた眼で、チェルシーがチェスターを見つめる。そのあまりの率直な“告白”に、真っ赤になったチェスターはようやく頷いたのだった。

「わ・・・わーったよ! んな顔すんなって。」
「兄さん・・・!? ほな―――――」
「ああ。・・・オレの、負けだ。急いで帰れば、ちっと遅えが・・・晩メシには何とか間に合うだろ。」
「兄さん!! おおきに!!」
「コラ、やめろ! 抱きつくなっての!!」

ぱあっと顔を輝かせたチェルシーが、チェスターに勢いよく抱き付く。それをようやく押しのけ、チェスターはカレルとトトの方へと、改めて向き直った。

「つーわけで、帰るわ。カレル、長々とジャマしたな。・・・恩に着るぜ。」
「気にしないでよ。僕も、チェスターと色々と話せて、楽しかったし。」
「そっか。・・・ありがとよ。」
「あの、わたしからも・・・ありがとうございました。」

照れ臭そうに笑ったチェスターの隣で、チェルシーが小さく頭を下げる。二人の目の前に不意にバスケットが突き出されたのは、このときだった。中に入れられていた大量の焼き菓子に、チェスターが目を丸くする。

「持っていけ。どうせ、うちでは食べ切れん。」
「でも・・・いいのかよ。いきなり押しかけた挙句、土産までもらっちまって・・・。」
「何だ今更。・・・これで、スプラや他の光竜たちへの詫びにはなるだろう。」
「あ、それはね。蜂蜜をたっぷり入れたワッフルだよ。僕も手伝ったんだ。」
「そうなのか。・・・おし、帰ったらオレも、何か作ってみるかな。もらってばっかじゃ気が引けるし。」
「はい! あの、わたしもお手伝いしますから!」
「おう、頼むぜ。」

他愛のないことを話しながら、玄関へと移動する。傘を手にしたチェスターに向かって、カレルが言った。

「ねえ、チェスター。これからは、きちんとスプラさんの許可をもらって、遊びにおいでよ。別に、毎週来てもらっても構わないから。」
「でも・・・いいのか? オレが来るのは、迷惑なんじゃ・・・」

言いかけたチェスターが、カレルの隣に立っていたトトに視線を向ける。

「それは、連絡もなしにいきなり来られるのはな。だが、きちんと知らせてもらえれば、断る理由はおれにはない。・・・それに、うちには今、三人暮らしだからな。他の竜術士の家よりは、気軽に来られるだろう。」
「トト。・・・おまえも、いいヤツだな。」
「ふん。抜かせ。」

鼻を鳴らしたトトが、そっぽを向く。明るく笑ったチェスターの隣で、心配そうな顔になったチェルシーが首を傾げた。

「でも、母さまが素直にお許しになるでしょうか。」
「じゃあ、こうしよう。チェスターだけじゃなくて、チェルシーさんや、他の光竜のみんなも一緒に来るといい。理由は、家事の特訓ってことでいいんじゃないかな。いわゆる、花嫁修業ってことでさ。」
「えぇッ!? はっははは花嫁、ですかッ!?」
「おい、いきなり大きな声出すな、チェルシー。こっちがびっくりするじゃねえか。」
「あ、あの・・・すみません、兄さま。」

憮然とした様子のチェスターの言葉に、赤くなったチェルシーが頭を下げる。どうやら、意味深な視線や、握り締められた拳には、チェスターは気付かなかったようだ。

「これで、やっと一件落着だな。」
「そうだね。・・・チェスターとチェルシーさん、仲直りできて良かったよ。」

既に、辺りはすっかり暗くなっていた。並んで去っていく二人の後姿を見送っていたトトが、やれやれといった様子で言う。その隣でカレルがくすりと笑ったとき、それまでずっと無言だったイトカが、不意に口を開いた。

「あれは、本気の・・・好き。」
「イトカ?」

イトカが、ここまではっきりと言葉を口にするのは、滅多にないことだった。驚いた顔になったカレルを、イトカが真剣な眼で見上げる。

「カレルは、イトカのこと・・・好き?」
「・・・・・・。もちろんだよ、イトカ。」
「それは・・・本気の、好き?」
「うん。本気だよ。」
「・・・うれしい。」

カレルの答えに、イトカがふっと笑顔になる。これも、普段は滅多に表情を見せないイトカにしては、非常に珍しいことだった。

「さあ、僕らもご飯にしようか。ね、イトカ。」
「・・・・・・。」
「よし。行こう。」

こくんと頷くイトカ。にっこりと笑ったカレルは、その頭を撫でるとトトの後から食堂へと向かったのだった。


はしがき

崎沢彼方さんが運営している姉妹サイト『砂時計〜Sandglass〜』のトップ絵のチェルシーを見て、そう言えばチェルシーは今まで名前だけしか登場していないから、その話を書いてみようかな・・・と思って考えた話です。
なお、天気が雨になったのは、もちろんイラストでチェルシーが傘を差していたからです(ちなみに、「絵巻物」内では傘は貴重品です。北大陸東端のアントリムの名産品で、そこで育ったスプラや『ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ』シリーズの水竜術士レナの家を除き、傘は使われていません)。

それにしても、自分の詩才の無さには愕然とさせられます。冒頭の詩もどきを考えるのに一時間もかかるとか、どんだけなんですか・・・(爆)。
また、スプラとチェルシーの関西弁(「絵巻物」内では“東部弁”ですが)は、大阪弁についてまとめてあるサイトを見て勉強しました。こちらも恐ろしく時間がかかりましたが、個人的にはいい勉強になったなと思います(笑)。

<参考にさせていただいたサイト>
大阪弁完全マスター講座