アイスクリーム  1     

アイスクリーム


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カランカラン。
店内に響いたドアベルの音に、カウンターの内側で帳簿をつけていたミズキは顔を上げた。
故郷であるリグレスに戻り、冬の精霊であるセンジュと共に始めたケーキ店。その経営は開店から
一年近くを経てやっと安定し、二人はここのところ毎日忙しい日々を送るようになっていた。

「すみません、今日はもう閉店で・・・」

秋の日は釣瓶落としで、ドアの外はもうとっぷりと暮れてしまっている。何気なく言いかけたミズキは、
店内に入ってきた相手の姿を目にした瞬間・・・思わず絶句した。
目の前には、男女二人の人物が立っていた。物珍しそうに店内のあちらこちらに目をやっている
女性は、あろうことかこの寒風吹きすさぶ中真夏の装いだった。ノースリーブのシャツにフリルの
付いたミニスカート、そして白い麦藁帽子が目に眩しい。

「だ・・・団長さん!?」

ミズキの素っ頓狂な声に、女性が振り向いた。帽子を押さえながら、少しはにかんだ笑顔で
カウンターの方へ歩み寄ったのは、紛れもなく冬軍のリュネル寒気団団長・冬の精霊アズサ
その人だった。

「久しいな、ミズキ殿。夏の歌会以来か。」
「ど・・・どうしたんですか、その格好!」
「ああ、これか。その・・・人間の街に行くのなら、冬軍の軍服のままは流石に目立つと思ってミズメに
資料を探させたのだが。どうだ・・・似合っているか?」
「えーと、その・・・」
「何やら、街では人間たちがこちらをじろじろと眺めておったようだが。・・・ふむ、やはり少々若作りに
過ぎただろうか。」
「・・・・・・。」

肩口の生地を摘み、思案顔になるアズサ。だが、問題はそこではなかった。
ここエクセールは世界でも有数の寒冷地にある。それは首都である古都リグレスも例外ではなく、
毒竜の月も末ともなれば、日が落ちると戸外では身震いするような冷たい風が吹き募るようになる。
従って、この時期になると街の人々は長袖の厚着をして過ごすのが常だった。
そこへ持ってきて、露出の多い真夏の装いにリュネル寒気団団長の証である七星刀の『破軍』を
差しているのである。逆にその美貌が災いして、街中ではさだめし浮いたに違いない。

「なんだミズキ、客か・・・?」

ミズキが目を白黒させていると、厨房からセンジュが顔を出した。こちらも人間の装いだが、長袖
長ズボンにパティシエエプロンという至ってまともな格好である。
ホールにいた珍客二人の姿を見てこちらも目を剥いたセンジュは、ややあって腹を抱えて笑い始めた。

「だ・・・だはははははは!!」
「な・・・!?」
「か・・・勘弁してくださいよ団長! いい歳してそんな格好・・・は、腹痛え・・・!!」
「き・・・貴様ァ!! そこに直れッ!!!」

顔を真っ赤にしたアズサが、ショーケースをひらりと飛び越えると笑い転げているセンジュの前に
立った。そのまま相手の胸倉を掴むと、得意の“鉄拳”を炸裂させる・・・だが、センジュが笑い止む
様子はない。流石に刀を抜く気配こそ見せないが、ミズキには紛れもないアズサの“殺気”が
感じられた。

「ちょっと・・・あの!」
「自業自得です、放っておきましょう。」

おろおろしていたミズキは、背後からの冷静な言葉に振り向いた。
そこに立っていたのは、先程アズサの傍らに立っていた青年・・・名目上ミズキが預かることになった
冬軍の部隊を、冬の都にいないミズキの代わりに副官として実際に統率しているマユミだった。
長身に整った顔立ち、切れ長の目に銀縁の眼鏡。その言動は常に冷静沈着で、熱血漢だった
ミズキの前任者、キササゲとは好対称だったらしい。まさに“白皙”という表現がぴったりの外見
なのだが、それとは裏腹に歌詠みの能力はさっぱりで、冬の都を訪れるたびに歌詠みの指導を
しているミズキもこれには正直頭を抱えていた。
そのマユミが、ミズキに向かって律儀に頭を下げる。

「ミズキ様、ご健勝そうで何よりです。」
「ああ、マユミさん。・・・もう、“様”はやめてっていつも言っているでしょう?」
「それはこちらの言葉です。さん付けはどうかご容赦ください・・・配下の者にも示しが付きません。」
「・・・・・・。」

相変わらずの相手の頑固一徹ぶりに、ミズキは苦笑した。

「それより、今日はどうしたの? 普段だったら人前には姿を現さないあなたたちが、まだ秋なのに
ここに来るなんて・・・もしかして、何か緊急事態なの?」
「いえ、そういうわけではないのですが・・・」
「?」

首を傾げるミズキ。歯切れの悪い口調でここまで言ったマユミが、床で取っ組み合っている二人の方に
目をやった。

「詳しくは、直接団長にお訊きください。・・・団長! いつまで戯れていらっしゃるおつもりですか!」

その声に、ようやくセンジュから手を離したアズサが立ち上がった。一方のセンジュは、まだ笑いが
収まらない様子で床に倒れたままだ。

「ああ・・・済まん。本題をすっかり忘れるところであった。」
「あ、あの・・・団長さん。センジュは・・・」
「あのような輩、裏庭にでも埋めてしまえ!!」

拳を握り締め、吐き捨てるように怒鳴ったアズサは、ようやくのことで息を整えるとミズキに向き直った。


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