アイスクリーム
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「済まんな。いきなり押しかけてきて・・・」
「いえ、それは構いませんよ。二人だけで暮らすには、この家は少し広過ぎますから。」
「そうか。そう言ってもらえると、気が楽になる。」
「あんな状態じゃ、向こうに帰るわけには行きませんものね。」
笑顔のミズキの言葉に、アズサも苦笑を浮かべた。
あの後、ミズキの勧めで四人はささやかな夕食の卓を囲むことになった。ところが、僅かに飲んだ酒で
強かに酔っ払ったマユミが早々に眠り込んでしまい、困り果てた様子だったアズサにミズキが、今晩は
ここに泊まっていくことを提案したのだった。高いびきのマユミをセンジュの寝室に運び、今はようやく
二人も寝室に引き上げたところである。
「でも、今度からは・・・こちらにいらっしゃるなら、事前に一言仰ってくださいね。」
「ふむ・・・。やはり、迷惑かな?」
「あ、いえ・・・そうではないんです。こちらにいらっしゃることも滅多にないんですから、こういうときくらい
ありあわせのものじゃなく、腕によりをかけて色々とご馳走したいじゃないですか。でも、あの時間では
・・・市場はもう閉まってしまっていますし。」
「なるほど・・・そういうことか。よし、今後は気を付けることにしよう。」
「はい。ラナイさんがいますから、大丈夫ですよね。」
「ラナイさん・・・か。」
「・・・?」
自らのユキガラスの名を口にしたアズサが、何故か遠い目をした。その様子に、小さく首を傾げる
ミズキ。
「昔の話だが。・・・私には、人間の知り合いがいたんだ。」
「・・・?」
「まだ、寒気団の団長になったばかりの頃だ。その頃の私は、術はからっきしでな。」
ややあって、アズサは思い出したようにぽつりぽつりと話し始めた。それは、ミズキが初めて聞く
アズサの若かりし頃の話だった。
「そんな私を導いてくれたのが、あいつだった。今の私があるのは、あいつのお蔭なんだ。」
「その人は・・・今、どちらに?」
「戦で、死んでしまったよ。今からもう、四十年以上も前のことだ。」
「そんな・・・」
「・・・名は、ラナイといった。」
アズサのユキガラスの名の思わぬ由来に、ミズキは息を呑んだ。ここで振り向いたアズサは、真面目な
顔でミズキの目をじっと覗き込んだ。
「夏の歌会の折に、私が尋ねたことを覚えているか?」
「あ、はい。・・・今、幸せかって。」
「そうだ。そして、そなたは幸せだと答えた。それが果たして真の言葉なのかどうか、確かめたかった。
・・・今日ここに来た本当の目的は、実はそれだったのだ。」
「・・・どうでした? 団長さんには、私とセンジュの様子は幸せそうに見えましたか?」
「ああ・・・。正直、眩しかった。」
眩しそうに目を瞬いたアズサは、束の間視線を宙に彷徨わせた。
「ラナイを喪ってから・・・私は、必死に自らに言い聞かせてきた。所詮は人間と精霊、共に暮らせる
はずがなかったのだと。だが・・・」
「・・・?」
「そなたらの様子を見ているとな、・・・分からなくなってくるのだ。もしかしたら・・・と、どうしても考えて
しまう。」
「団長さん・・・」
しんみりした調子で話していたアズサは、ここで不意ににやりとした。
「そうだな。私を憂鬱にさせた罪は重いぞ。・・・この責任は、どこかで必ず取ってもらうからな。」
「え・・・?」
「手始めに、此度の春の都での歌会だ。春の者どもの度肝を抜くような歌を期待しているぞ。」
「あ・・・はい! ご期待に添えるよう、力一杯頑張ります!」
「うむ。頼りにしている。」
アズサが冗談を言っていることが分かったのだろう。こちらも笑顔になったミズキが、大袈裟に頷いて
みせた。
灯りを消し、ベッドに横たわる。暗闇をぼんやりと見つめていたアズサは、ミズキの何気ない一言に
目を見開いた。
「次にいらっしゃるときは・・・ミズメさんや、ラナイさんも一緒に。」
もし、あの戦をラナイが生き延びていたとしたら、今は七十近いはずだった。人とは歳の取り方が違う
自分たち冬の精霊、そしてまだうら若いミズキ。そんな面々に囲まれて、さぞかし老年のラナイは
戸惑ったことだろう。
このささやかな“幻想”にくすっと笑ったアズサは、目を閉じると呟くようにこう言ったのだった。
「かたじけない。・・・必ず、そうさせてもらうことにしよう。」
「おやすみなさい、団長さん。」
「ああ、おやすみ。」
はしがき
『新しい仲間』の続編、秋の歌会直前の話です。どうもアズサが登場する話はこうギャグ調に
なりますね(笑)。
ところで、とんでもない“資料”をアズサに提供したミズメは、果たしてこの後無事だったんでしょうか
(邪笑)。