シングルライフ  1     

シングルライフ


 −1−

ほぼ一年ぶりの、火竜の里だった。実家への道をのんびりと歩いていた火竜のカランは、伸びをすると
大きく深呼吸した。

(うーん・・・やっぱ、里はいいぜ!)

コーセルテルに預けられている三人の火竜たちを連れて里に帰るのは、火竜術士ダイナの補佐竜で
あるカランの役目だった。
そして、その時には自分も実家に帰って両親と過ごすことができる。カランは毎年、その日を楽しみに
しているのだった。

「ただいまー。」
「お帰り。・・・ちょっと遅かったわね。」
「おう。チビどもを一応、家まで送ってきたからな。」

笑顔で自宅の玄関のドアを開けたカランを、母のマイカが出迎える。一旦は抱き締めた娘の姿に目を
走らせたマイカは、たちまち表情を曇らせた。

「あらまあ・・・相変わらずそんな格好して!」
「いいだろ。こっちの方が、なにかと動きやすいんだよ。」
「それに、何だいその乱暴な言葉遣いは! あんたもすっかり年頃なんだからね、いい加減女らしく
したらどうなの?」
「な・・・」

まさか、里でも説教をされる羽目になるとは。
目を剥いて母に食って掛かろうとしたカランは、辛うじてそれを思い止まった。母の言うことには一理
あるし、それが純粋に自分のことを心配しての言葉であることが分かっていたからだ。
何より、せっかくの里帰りなのだ。家での居心地が悪くなるのは避けたかった。

「ごめん。・・・気をつけるよ。」

素直に母に謝ったカランは、持っていた荷物を自室に放り込んだ。居間に戻ってきたカランにお茶を
出しながら、マイカが尋ねる。

「今回は、どれくらいこっちにいられるの?」
「そうだなあ・・・。やっぱ、一週間ってトコじゃないかな。」
「そう。それなら、急いだ方がいいわね。」
「あん?」

テーブルの上にだらしなく上半身を乗せた格好でいたカランは、母の言葉に顔を上げた。その目の
前に豪華な皮製の額に入れられた写真が突き付けられる。・・・いわゆる“お見合い写真”である。

「な・・・なんだこりゃ。」
「ちょっと前にお見合いの申し出をもらってね。あんたが次に帰ってきたら会いたいって。」
「お見合いって・・・オフクロ! まだ諦めてなかったのかよ・・・!」
「当然でしょう! あんたが首を縦に振るまで、あたしは相手を探しますからね!」
「余計なお世話だ! オレのことはほっといて・・・」
「“余計なお世話”!? そんなことを言うのは、この口かい!?」
「いれれれれ!」

マイカに口の端を引っ張られ、カランは悲鳴を上げた。
カランの人となり・・・とても女とは思えない剛毅な性格や行動については、既にそれが火竜の里
じゅうに轟いてしまっている。そのため、知り合いの中でカランを“女”として見てくれる相手は
ほとんどいなかった。
しかし、カランがコーセルテルのダイナの許に預けられ、そのまま補佐竜として向こう留まるように
なって既に三十年以上が経っていた。若い火竜たちの中には、噂を聞いただけで実際にはカランを
見たことのない者も増えてきているのである。
それに、立場だけ見ればカランは現守長であるクレーズの一人娘。里における社会的地位を
考えると、文句の付けようがない結婚相手なのである。

「オ・・・オレだって、もう大人なんだぜ? 自分のことは、自分で・・・」
「いつまでも一人身の娘を持つほど、親にとって辛いものはないのよ。それくらいは、分かって欲しい
もんだわ・・・。」
「だ・・・大体よ、オレはコーセルテルで術士の補佐してるんだぜ!? 結婚なんかしても、結局
一緒には暮らせねえじゃねえか!」

「この子はもう・・・何を言ってるの! ダイナさんだって、いつかは亡くなるのよ? その後は、どうする
つもりなの。」
「そ、それは・・・」
「遅かれ早かれ、あんたも里には戻ることになるの。その時、誰も傍にいないっていうのは寂し過ぎる
でしょう。父さんも母さんも、安心して老後を迎えられないわ。」
「う・・・」

マイカのしんみりした様子を目の当たりにして、カランは俯いた。結婚なんて真っ平だ・・・と思う一方で、
母の言うことも分かるのだ。それだけに、無下に断るわけにも行かない。

「いいわね。決めたわよ。」
「・・・・・・。わかったよ・・・。」

こうして、カランは里に戻る度にイヤイヤながら“お見合い”をすることになるのであった。その成果に
ついては、もちろん言うまでもないのだが。


シングルライフ(2)へ