シングルライフ
1
2
3
−2−
「補佐の仕事は、大変じゃないですか?」
「いえ、それほどでも・・・。」
(・・・ったく、もうちょっとマシなことは聞けんのかこのボケ!)
翌日。両親を伴っての顔合わせも無事終わり、カランはお見合い相手の火竜の青年と二人きりで
里を散策していた。笑顔で相手に話を合わせてはいるのだが、よくよく見るとそのこめかみには青筋が
浮き出ており、爆発するのは時間の問題であることを示していた。
(げー・・・)
今日のカランは、珍しく女らしい装いだった。
いつもは乱雑にくくっている後ろ髪を下ろし、髪全体を丁寧に梳かされた。普段は全くしない化粧も
マイカに強要され、これまた普段は全く着ない女物の服を着せられた結果、傍から見るとそれなりに
様になっている。
しかし、カラン本人は自分の格好がこの上なく不満だった。髪も化粧も普段から慣れていないだけに
かなりの違和感があり、おまけにロングスカートの裾がひらひらして気持ち悪い。
何より、差し障りのないことを話しながらの散歩が退屈で仕方がない。ともすれば道に転がっている
小石を思い切り蹴飛ばしてしまいそうになる衝動を必死に堪え、カランは笑顔を浮かべるのだった。
「あら・・・」
「ん?」
辺りが騒がしくなってきたことに気付いたカランが顔を上げると、その目の前には何やら人だかりが
できていた。何だろう・・・とそちらに歩を向けた瞬間、カランは聞きなれた呼びかけの声を耳にした。
「あれ、アネゴ・・・?」
「お・・・」
いつものように「おう」と返事をしようとしたカランは、次の瞬間青ざめた。
声の主は、コーセルテルに預けられている火竜の一人であるライノだった。人だかりの端に立っていた
ライノは、不思議そうな顔でカランと傍らの青年のことを眺めていた。
「やっぱり、アネゴだ。どうしたの、そんな・・・むぐがっ!」
慌てたカランは、ライノの口を押さえると少し離れたところまで引きずっていった。そして、涙目で小さく
むせている相手に向かって小声で耳打ちする。
「あのな。・・・今日は、“アネゴ”はやめてくれ。」
「え? どうして。」
「どうしてって・・・その・・・」
まさか、正直に自分が“お見合い”をしているなどと言うわけにもいかない。ライノたち火竜やダイナは
ともかく、コーセルテルに戻ってこのことが他の連中に知れたら、それこそ何を言われるか分からない
からだ。
きっと、他人をからかうのが人一倍好きなトレベス辺りは顔を合わせる度にこの話題を持ち出す
だろう。そのことを考えるとぞっとする。
「とっ・・・とにかくだ! 今日は、オレのことは名前で呼んでくれ。いいな!」
ライノから目を背けたカランは、早口でこれだけを言った。そんなカランを、ライノがジト目で見上げる。
「・・・アネゴ、きもちわるいよ。女みたいな服着てさ・・・」
「なっ・・・なに!?」
「もしかして、変なものでも食べたの?」
「・・・このヤロウ。言わせておけば・・・」
「あ゛。うわっ、ごめんなさ・・・」
「どうしたんだい? さっきから内緒話して。」
「あ、ああ。・・・っうん、その、なんでもありませんわ。をほほほ。」
カランの背後に「怒りのオーラ」が立ち昇ったのに気付いたライノが、真っ青になって首を竦める。
いつもの癖でライノに手を上げかけたカランは、青年の声に弾かれたように立ち上がった。何とか
笑顔で返事をすることには成功したが、その声は完全に裏返ってしまっている。
「それで。・・・お前、こんなとこでなにやってんだよ。」
再びライノに向き直ったカランは、今度は笑顔を浮かべたまま尋ねた。・・・目が笑っていない分、
今度の方が数段恐ろしい。
ころころと変わるカランの態度に目を白黒させながらも、ライノは頷いた。
「あ、うん。守長のクレーズさまが、みんなに剣術のけいこをつけてくれてるんだよ。」
「オヤジが?」
「うん。おれもやってもらおうと思って、順番待ってるの。」
「へえ・・・」
ライノは、現在ダイナが預かっている火竜の中では最年長である。まだ若いために、コーセルテルで
行われている剣術の稽古に参加させてもらえるようになったのはごく最近のことなのだが、それ以来
剣のことが頭を離れないらしい。もちろん、「剣術の稽古」と聞いて血が騒ぐのは、守長の娘として
生まれ、コーセルテルでの剣術指南の助手を務めているカランも同様である。
たまには、父の働く姿を見るのも悪くないかも知れない。
そんなことを考えて、群集の背後から背伸びをしようとしたカランに、相手の青年が声をかけた。
「剣術に、興味があるのかい?」
「え? ・・・ええ、少し。」
「じゃ、ちょっと見物していこうか。」
気軽に頷いた相手は、カランを促すと人の輪に加わった。
剣の稽古といっても、今日のそれは月に一度開かれる里の一般住民向けのもの。普段は剣など
握ったことのない一般人相手とあって、その様子は実に和やかなものだった。
しかし、ただでも剣の腕が立ち、さらに血の気の多いカランにとって、それをただ眺めているのは
イライラさせられる以外の何物でもなかったのだ。
(あ゛ーもう、そこはそうじゃねえだろ! ・・・ったく、なにやってんだよ!!)
いつの間にか拳を握り締め、顔を顰めているカランに気付いた相手が声をかけてくる。
「どうした? 剣の稽古なんて見て、気分を悪くしたのかい?」
確かにそうだった。周囲の火竜たちのへっぴり腰には、反吐が出そうになる。・・・朝からのストレスも
手伝って、そろそろ我慢の限界だった。
青筋を立てながらも辛うじて笑顔を浮かべたカランは、相手に向かって言った。
「ハンカチ、お持ちじゃありません?」
「ハンカチ・・・? ああ、あるけど・・・」
懐から相手が取り出したハンカチをひったくると、カランは下ろしていた髪を結わえた。続いて腕まくりを
すると、ロングスカートの裾を盛大に引き裂き、動きやすいようにそれを腰の周りに結び付ける。
「おし、これでいいか。」
「おい、何を・・・」
唖然とした相手をその場に置き去りにしたまま、人ごみを掻き分けてクレーズの方へと向かう。
傍で他の火竜に向かい合っていたクレーズの弟子の一人から木剣を奪い取ると、カランはそれを父に
向かって突き付けた。
「久しぶりだな、オヤジ! 次は、オレが相手になるぜ!」
「お前・・・まさか、カランか!?」
「おうよ! ここで会ったが百年目、神妙に勝負しやがれ!!」
威勢のいい啖呵を切りながら、カランは人垣から出てクレーズと向かいった。
この降って湧いた“親子対決”は、「普段剣に触れることのない住民にそれを経験させる」という今日の
剣の稽古会の趣旨からは明らかに外れるものだったが、周囲からそれを止めようという声は全く起こら
なかった。むしろ、ただでもこうしたお祭り騒ぎが好きな火竜たちだけあって、二人の勝負を歓迎する
雰囲気が強い。
突然の娘の闖入に、目を細めたクレーズは剣を構え直した。その表情も、既に先程までの余裕のある
ものではなくなっている。
「ほう・・・随分と威勢がいいな。だが、それだけで勝てると思うなよ!」
「へっ、コーセルテルで何人もの竜術士に剣術を習ってるのはダテじゃないぜ! オラ、覚悟
しやがれ!!」
「ふん。娘に負けるようなことがあったら、この場で引退してやるわ!」
「じゃ、引退は決まりだな!!」
二人の応酬に周囲から大きなどよめきが上がり、会場のボルテージは最高潮に達した。
大歓声の中、額の前で木剣を横に構えたカランは、大音声と共にクレーズに向かって突進した。
クレーズも、それを満を持して迎え撃つ。
「でりゃああああああ!」
「ふん! 甘いわ!!」
二人の勝負は、結局のところ延々一時間近くにも及んだ。
顔を真っ青にしたカランの“お見合い”相手の青年がいつの間にかその場を逃げ出していたことには、
もちろんその場にいた誰も気付かなかった。