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欠片


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「あーあ・・・。つまんないなぁ・・・」

風竜のエリカは、窓から外を眺めて溜息をついた。
ユーニスと二人で暮らしている、ロアノークの宮殿内の一室。二間続きになった部屋にはかなりの
広さがあったが、元来活発な風竜族であり、外を駆け回るのが性に合っているエリカにとっては少々
狭いのだった。

「ユーニス・・・早く、もどってこないかな。」

この日、エリカの“竜術士”であるユーニスは、午後から単身火竜の里へと出かけていた。預かる
二人目の子竜は火竜族からということが決まり、その挨拶を兼ねてまだ見ぬ火竜の里の視察に
赴いたのである。
もちろん、出発に際してはエリカ自身もついていくと散々駄々をこねた。しかし、基本的に竜の里は
異種族の出入りを禁じている。現在竜たちの取りまとめ役を務めている水竜のグレーシスさえ同行
しないと聞き、渋々エリカは首を縦に振ったのだった。

「はぁ・・・」

再び溜息をついたエリカは、窓から外を見るために持ち出していた椅子から飛び降りた。そのまま、
とぼとぼと部屋の中央に向かう。
ユーニスが出かけてしまってから、まだ二時間ほどしか経っていない。初めのうちは、仕方なく部屋に
ある絵本を眺めたり積み木を触ったりしていたのだが、それにもすぐに飽きてしまった。
本来ならば、毎日午後のこの時間は、ユーニスと共に竜術の勉強のために庭園に出かけている
はずなのだ。「一人前になるには、他種族の術を体験することも必要である」という信念の下、
風竜術以外の授業を受ける際にもユーニスは必ずエリカを伴った。それが、エリカにとっては
毎日の大きな楽しみの一つになっていたのだ。
本当なら、今すぐ部屋から出て庭園を駆け回りたいところである。しかし、エリカはユーニスに「部屋で
大人しく待っている」という約束をしてもいた。
約束は守りたい。でも、退屈で仕方ないのも事実。・・・板挟みになったエリカは、その苛立たしさから
部屋の真ん中で地団太を踏むことになった。

「つまんないつまんないつまんない!」

無論、だからといって何かが解決するわけでもない。騒ぎを聞きつけた誰かが様子を見にきて
くれるのではないかとも思ったが、それもない。

「あーあ・・・。」

今日、もう何回目の溜息だろう。ひとしきり大騒ぎをしたエリカは、肩を落とすと部屋の中をぐるりと
見回した。ふと、その瞳に部屋の片隅にある小さな扉が映る。

(・・・そうだ!)

ユーニスとエリカに与えられている居室には、その片隅に小さな扉があった。いつも鍵がかけられて
いるその扉の向こうに一体何があるのか、前々から気になっていたのだ。
・・・もしかしたら、中の様子が少しでも分かるかも知れない。
不意に湧き上がった冒険心に目を輝かせたエリカは、先程まで窓の外を眺めるのに使っていた椅子の
ところへと駆け戻った。そして、うんうん唸りながらそれを件の扉の前まで引きずっていった。

「んっと・・・あれ!」

椅子に跳び乗り、扉の取っ手に手をかける。・・・エリカの予想に反して、扉は抵抗なく内側へと開いた。
邪魔になった椅子を脇へと押しやると、エリカは薄暗い扉の向こう側へと足を踏み入れた。

(わぁ・・・)

中は、小さな部屋になっていた。
入り口のすぐ脇には、半分ほどブラインドの下りた窓に面して小さな机。部屋の奥に向かって、
壁際には隙間なく本棚が設えられており、中には分厚い本がぎっしりと詰まっている。最奥には
大きな戸棚があり、そこから最も濃い“宝”の気配がする。
胸をわくわくさせながら、エリカは部屋の探検を始めた。まず、手近にあった椅子の上に乗り、
机の上を覗き込む。

(ユーニスの字だ・・・)

片隅に大きなランプが置かれていたその机には、栞の挟まれた何冊もの本、ユーニスの字が
びっしりと書き込まれたノート類、そしてペンや紙といった筆記用具がきれいに揃えて置かれていた。
ノートの中に書かれていた内容はエリカにはちんぷんかんぷんで、顔を顰めたエリカはすぐにそれを
元に戻すと、椅子から飛び降りて部屋の奥へと向かった。

(これ・・・なんだろう)

一通り本棚の本を抜き出しては中をめくり、つまらなそうに放り投げることを繰り返した後、エリカは
部屋の一番奥に辿り付いた。そして、目を輝かせて戸棚を覗き込む。
戸棚には、実に様々な物が収められていた。宝石と見紛うような透き通った石、キラキラと金銀の
輝きを放つ鉱石の塊。かと思えば、そこら辺から適当に拾ってきたとしか思えない石ころもある。
岩石で作られた貝の置物があったかと思うと、ガラス瓶に入れられた植物や、何かの動物の骨らしき
ものが並べられていたりする。・・・そのどれもが、エリカにとって初めて見るものばかりだった。

(上のほうには・・・何があるのかな)

まだ尻尾も消えていない子竜の身では、戸棚の上の段に収められているものを見ることは
できなかった。好奇心の赴くまま、エリカは机の傍らに置かれていた丸椅子を戸棚の前まで
引っ張ってくると、その上に跳び乗った。
上の方の段には、主に様々な大きさの陶器やその欠片、そして何かの木工品の類が置かれていた。
低い方の棚から順番に中身を眺めていったエリカは、最後に戸棚の上に小さな箱が載せられて
いるのに気付いて首を傾げた。

(あれは・・・)

一つだけ、ぽつんと棚の上に置かれている箱。何の飾り気もなく、また中身を示すような文字が
書かれている様子もない。・・・手に取ってよく見ようとエリカが身を乗り出した瞬間、踏み台にしていた
椅子がぐらりと揺れた。

「わ、わ・・・」

慌てたエリカは、戸棚の縁にしがみ付いた。すると、案外軽い材質だったらしい戸棚もその拍子に
大きく傾き、結果的にエリカは床に投げ出されることになった。

「きゃーっ!」

床で頭を抱えたエリカの上に、雨あられと戸棚に収められていた陶器類が降りかかる。たちまちの
うちに辺りにはもうもうと埃が舞い上がり、エリカは小さくむせ返った。

「けほ、けほっ・・・」

戸棚が隣の本棚と壁に引っかかって完全には倒れてこなかったのは、不幸中の幸いだった。しかし、
戸棚の中身を被った自分は埃まみれで、砕けた陶器類の破片が全身に降りかかっている。・・・考えて
みれば、随分と間抜けな姿である。
特に怪我もなく無事だったと分かった途端、エリカは急にどうしようもない腹立たしさに襲われた。

「もうっ・・・!」

目の前に、小山のように積もっている瓦礫の山。そこから這い出し、手近な陶器の破片を蹴り飛ばした
エリカは、ふと自分のすぐ近くにさっきの箱が落ちているのに気が付いた。
元はと言えば、この箱のせいでこんな目に遭ったのだ。箱を拾い上げたエリカは、複雑な面持ちで
その蓋を開け・・・その目を大きく見開いた。


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