欠片
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日の短い冬とあって、この時期は日が暮れるのが早い。ユーニスが火竜の里から戻った時には、既に
辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
(参った・・・。随分遅くなってしまったな・・・)
宮殿の廊下を早足で歩きながら、ユーニスは小さく溜息をついた。
まだ幼いエリカを一人宮殿に残してきていることもあり、この日の視察はまだ日が高いうちに切り
上げる予定だった。しかし、ユーニスの人となりをいたく気に入ったらしい火竜たちはなかなか彼女を
解放してくれず、結果的にユーニスが宮殿に戻ることができたのは日がすっかり落ちてからだった。
「明るいうちに戻る」と言って出てきたこともあり、さぞかしエリカも待ちくたびれているだろう。こうして
夕食には間に合うように戻ってきたわけだが、それでも空腹からぐずっているかも知れない。自室の
前に辿り付いたユーニスは、その扉を開けながら大きな声で自らの補佐竜の名を呼んだ。
「エリカ! ただいま・・・」
いつもなら、自分の姿を認めると必ず笑顔で跳び付いてくるはずのエリカ。しかしこの日は、ユーニスの
呼びかけにも部屋の中からは何の返事もなかった。
「エリカ?」
中に入ったユーニスは、竜術士としての正装を解きながら部屋の中を見回した。あるいはもう寝て
しまっているのかとも思ったが、ベッドにもエリカの姿はない。
(おかしいな・・・)
首を傾げたユーニスは、次の瞬間・・・自分の勉強部屋の扉が僅かに開いていることに気付いて
青ざめた。
(・・・しまった!)
本来は物置だったその部屋に机や本を持ち込んだのはユーニスで、毎晩エリカが寝静まった後に
そこで勉強をするのが日課になっていた。ただ、エリカの“子育て”の様子を記した日誌や、各種族の
族長たちと交わした手紙など・・・エリカには見られたくないものもいくつかあり、そのために日頃から
扉には鍵をかけるようにしていたはずだった。それが、エリカを一人で残したこんな日に限って鍵を
かけ忘れていたとは、間抜けもいいところだ。
剣は封印をしてグレーシスに預けてあるし、特に危険なものはあの部屋には置かれていない。しかし、
中には分厚い本の並んだ本棚や、勉強のために借り受けてきた種々の資料の類が置かれた戸棚も
ある。本の下敷きになるとか、とがった部分のある標本を誤ってどこかに刺したり、飲み込んだりと
いうことがあったらただでは済まないだろう。
「エリカ!! ここにいるのか!?」
勉強部屋に飛び込んだユーニスは、傾いた戸棚とその中身に半ば埋もれるような格好になっている
エリカを目にして愕然とした。肝心のエリカは、ユーニスの呼びかけにも全く反応する様子がない。
「エリカ!! エリカ!?」
慌ててエリカに駆け寄ったユーニスは、瓦礫の山からエリカを抱き上げた。全身に降り積もっていた
陶器の破片を払い、怪我の有無を確かめるために急いでその体に触れる。ここで、ユーニスは
エリカがすーすーと小さな寝息を立てているのに気が付いた。
(眠っている・・・だけなのか)
胸を撫で下ろしたユーニスは、目を覚まさないようにエリカをそっとベッドまで運んだ。
どうやら、大きな怪我もないようだ。だが、念のために誰かに診てもらった方がいいだろう。侍医を
呼ぶために腰を上げたユーニスは、ここでエリカがふと漏らした呟きに目を瞠ることになった。
「ククルぅ・・・」
(・・・!? なぜ、エリカがその名を・・・?)
今までエリカに、ククルのことを話したことはなかった。彼にククルという名を与えたのは自分であり、
そのことを知っているのはグレーシスを初めとする各種族の族長だけのはずだった。しかし、彼が
自分からそのことをエリカに話すとも思えない。
この時になって初めて、ユーニスはエリカが手にしっかりと何かを握り締めているのに気が付いた。
「これは・・・」
エリカの小さな手から出てきたのは、一枚の鱗。淡い蒼の鱗は、自分をこの地へと誘ってくれた水竜の
忘れ形見だった。どこかに正式な墓を作って祭ることも一時は考えたが、結局は傍に置いておきたい
・・・という気持ちが勝り、勉強部屋の片隅に置いたままになっていたものだ。
鱗を元通りエリカに握らせ、その上から布団をかける。その幸せそうな寝顔を眺めていたユーニスは、
微笑むと心の中で呟いたのだった。
(そうか・・・。ククル、お前がいてくれたんだな・・・)
はしがき
『PURE AGAIN』の最後で、グレーシスがユーニスに渡したククルの鱗。
あれは、その後どうなったのか・・・という疑問をリンさんから伺いまして、この話ができました。
本編には竜術士や魔獣の幽霊が登場しています。竜の幽霊だって、いてもいいのではないかと(笑)。