欠片    2   

 −2−

「きれい・・・」

中に収められていたのは、透き通った一枚の鱗だった。
色からすると水竜の鱗のようであり、事実その鱗の持つ気配は、エリカにとって最も身近な水竜である
グレーシスのそれによく似ていた。しかし、なぜこんなものがこの部屋に・・・まるで、隠すように
置かれていたのかは分からない。

(あ・・・)

鱗を目の高さに翳すと、それを通して部屋にある窓が目に入った。その外が既に薄暗くなってしまって
いることに、エリカは初めて気が付いた。
ユーニスは「明るいうちに戻る」と言って出かけた。本来なら、もう帰ってきてくれてもいい時間の
はずだ。しかし、日が暮れようとしている今になっても、まだユーニスは宮殿に・・・自分の許へは
戻らないままだった。
もしかしたら、このまま・・・もう、ここへ戻ってこないのではないか。ふとそんなことを考えてしまった
エリカは、強く首を振るとその不吉な予感を打ち消そうとした。

(約束・・・したもん!)

思えば、生まれてからずっと・・・これほどの時間ユーニスと離れて過ごしたことはない。時には一人に
なりたいと思うこともあったが、それがこんなに寂しいことだとは思いもしなかった。
滅茶苦茶になったこの部屋の様子を目にして、ユーニスは怒るだろうか。それとも、自分に怪我は
ないかと心配そうな顔をしてくれるだろうか。
叱られてもいい。拳骨の何発だって我慢する。・・・今はただ、傍にいて抱き締めて欲しかった。

(ユーニス・・・早く、かえってきて・・・)

鱗を握り締めたまま、俯いたエリカはぽろぽろと涙を零し始めた。

「ふぇ・・・」
「・・・どうしたの?」
「!?」

その時である。不意に声をかけられて、エリカは弾かれたように顔を上げた。
いつの間に現れたのか、エリカの目の前には一人の少年が立っていた。腰までのウェーブのかかった
髪は明るい水色で、どうやら水竜らしい。粗末な淡い水色の服をまとった相手は、心配そうな顔で
自分のことを見つめている。

「どこか、いたいのか?」

泣くことも忘れて自分を見つめているエリカに一歩近付くと、少年がまた言った。我に返ったエリカは、
後ずさりをしながら言い返した。

「だ・・・だれ!?」
「おれ、ククル。」
「ククル・・・?」
「うん。」

聞いたことのない名前だった。それに、そもそも宮廷には自分以外の子竜はいないはずだ。・・・だと
すれば、これは一体誰なのか。
エリカの困惑を他所に、頷いた少年はすたすたとエリカに歩み寄ると、その全身にかかった埃や
陶器の破片を払ってくれた。

「あの・・・ありがとう。・・・あたし、エリカ。」
「エリカ。・・・なに、ないてる?」
「泣いてなんか・・・」

慌ててエリカは頬を拭った。他人に見られていると思うと、急に泣きべそをかいているのが恥ずかしく
思えてきたのだ。

「よかった。」

少年の翳りのない笑顔に、釣られたエリカも笑顔になった。

「エリカは・・・ひとりなのか?」
「うん。今日は、ユーニス・・・いないの。」
「さびしく、ないのか?」
「さびしいよ! つまんないよ! でも・・・」
「でも・・・?」

僅かに首を傾げた少年に向かって、エリカは決然とした表情で言い切った。

「ユーニスと、約束したんだんもん! いい子にして待ってるって。・・・だから、がまんしておるすばん
してるんだ!」
「エリカ、えらいな。」
「と・・・当然でしょ! あたし、ユーニスの補佐竜なんだから!」
「そうか・・・。」

“補佐竜”という言葉を聞いた瞬間、相手の少年は僅かに寂しそうな顔をした。しかし、照れてそっぽを
向いていたエリカは、それには気付かなかった。

「・・・じゃ、エリカ。おれとあそぼ。」
「え?」
「ユーニスが、もどってくるまで。」

驚いた顔になったエリカに、にっこり笑った少年が手を差し出す。

「・・・うん!」

顔を輝かせたエリカは、跳びあがるようにしてその手を取った。そのままエリカを抱きかかえた少年が、
部屋を後にする。

「うーんとね。えへへ、なにしようかなぁ・・・」

窓の外には、本格的な闇が迫りつつあった。


欠片(3)へ