変。  1     

変。


 −1−

(これで・・・よし、と)

真っ白なシーツをベッドに敷き終えると、アレクは満足そうに頷いた。いつでも客を迎えられる準備が
整っていることを確認して、そのまま部屋を出る。
ここは、バリアスの郊外にある宿屋『山猫亭』。大怪我をしたアレクを助けてくれた少女ラナは、この
宿屋のマスターの一人娘だった。家事の才能があるアレクはマスターに気に入られ、怪我が癒えた
後もそのままここで宿の手伝いをすることになったのである。
階段を降り、食堂に足を踏み入れたアレクはカウンターの中に向かって声をかけた。

「マスター・・・二階の方、終わりましたよ。」
「おう、ご苦労さん。」

『山猫亭』は宿屋ということになっているが、その真髄はマスターの作る料理にあった。それを食べに
わざわざ遠くからここへやってくる客も多く、宿の設備はそのためにあるようなものだった。
食材は、マスターの娘であるラナが方々で調達しているらしい。アレクがラナと出会ったのもその
途中のことで、当のラナは、今日ははるばるエルタム島のパルミまで仕入れに出かけていて留守
だった。

「あれ? 今日は・・・」
「ああ、今日は貸切なんだ。」
「へえ・・・そうなんですか。」

十人も座れば一杯になってしまう小さなカウンター。いつもは定員一杯の客でごった返しているはずの
店内には、今日に限っては一人の客しかいなかった。珍しいこともあるものだ。
ちょっと首を傾げたアレクは、そのまま自室に戻ろうと踵を返した。その時、カウンターの端に座って
料理をぱくついていた客が顔を上げた。
一瞬驚いた表情を浮かべた相手は、次の瞬間にやっと笑うとアレクを手招きした。

「おい。ちょっと・・・」
「はい?」

返事をしたアレクは、他には誰もいない店内を横切り、相手に歩み寄った。

「・・・なんでしょうか。」

両手を揃えて自らの前に立ったアレクの全身を、その客はしげしげと眺めた。そして、やおらアレクの
肩を抱きかかえると、声を潜めて耳打ちする。

「あんた、一体何やらかしたんだ?」
「はい? あの・・・なんの話ですか?」
「しらばっくれるなよ。その封印が何よりの証拠だろ。敵前逃亡か? 精霊を逃がしたか? あ、
もしかして・・・あんたはかわいいから、上司の女にでも気に入られちゃったとか。」
「え・・・? な、なにを・・・」
「またまた照れちゃって。ホレ、さっさと白状しちゃいなさい・・・どうして、精霊術士を辞めさせられ
たんだ?」
「・・・・・・。あの・・・」
「うんうん。」

楽しそうに頷く相手。俯いていたアレクはここで顔を上げると、申し訳なさそうに尋ねたのだった。

「精霊術士って、なんですか?」


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