変。    2   

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「・・・驚いたな。まさか、本当に何も知らなかったなんてな・・・」
「あの・・・すみません。」
「いや、謝ることじゃないさ。」

客の名は、グリフィスといった。ここのマスターとは学生時代の同級生であり、その頃はよく一緒に
悪さをした仲らしい。
今はこのバリアスを遠く離れた場所で仕事をしていて、休暇が取れるたびにこうしてここに顔を
出すのだという。

「でも、それじゃ・・・あの封印は、一体誰にやられたんだ?」
「わかりません。」
「分からない?」
「はい。」

グリフィスは、精霊術士だった。自らの具えた素質に応じて様々な属性の精霊を使役し、“精霊術”を
行使することができる。そういった人々のことを、精霊術士と呼ぶらしい。
そして、アレクにはその精霊術を使えなくする“封印”が施されているのだという。長い間アレクが
苦しんでいる体の不調も、どうやらそれが原因らしい。

「僕は・・・ここに来るまでのことが、なに一つ思い出せないんです。名前は、服にあったんでわかったんですが・・・」
「へえ・・・」

一瞬呆気に取られた表情を浮かべたグリフィスは、次の瞬間そのにやにや笑いを復活させた。

「いいねいいね。俺、そういうミステリアスなの大好きよ?」
「はい・・・?」
「なあ君。アレク君だったかな。」
「あ、はい。」
「俺と一緒に来る気はないか?」
「は?」
「さっき話したろ。俺は、精霊術士だ。これでも一応、ちったあ名の知れた術士なんだぜ?」
「そうだよなあ。こっちじゃみんな知ってるぜ・・・とんでもなく手が早いってな。」
「うるさいな。それは昔の話だろ。」

にやにやしながら口を挟んだマスターに向かって、グリフィスはシッシッと手を振った。

「まあそれで・・・精霊術士ってのは、誰もがなれるわけじゃない。それぞれの属性に合わせた素質が
必要なんだ。」
「そうなんですか。」
「ああ。そして、君には俺と同じ火風水木地の五属性の素質がある。俺の国だったら間違いなく幹部
候補だ・・・もう、本当なら今すぐここから縄でくくって引っ張って行きたいところだ。ぜひ、考えてみて
くれないか。」
「あ・・・あはは・・・」

グリフィスのあっけらかんとした勧誘に苦笑いを浮かべていたアレクは、しばらくしてぽつりと呟いた。

「あの・・・」
「ん?」
「精霊術って、どんなものなんですか?」

アレクのこの言葉に、グリフィスは座っていた椅子から派手にずっこけた。

「ったく・・・。真面目な顔をして、何を言うかと思えば・・・」
「あ、あの・・・すみません。」
「いや、そもそも精霊術士のことも知らなかったんだしな。・・・よろしい、他でもない君の頼みだから
特別に見せてあげよう。」

にやりと笑ったグリフィスは、胸ポケットから小さな水晶細工のようなものを取り出した。

「それは・・・?」
「これは、ケージって言ってな。この中に、精霊術士は精霊を入れて持ち歩くんだ。俺の一番得意な
精霊術は火精術だから、今この中には・・・火の精霊が入ってる。」
「どうしてですか?」
「どうしてって・・・そりゃ、放っておいたら精霊に逃げられるじゃないか。」

その蓋を外しながら、グリフィスはカウンターの内側にいたマスターに声をかけた。

「マスター。卵ないか? 生卵。」
「ほらよ。・・・くれぐれも、店を燃やさないでくれよ。」
「分かってるって。」

マスターに向かって片目をつぶったグリフィスは、卵を受け取ると目を閉じた。すると、グリフィスが
ケージと呼んだ容器から、淡い薔薇色の光と共に火の精霊が姿を現した。
燃えるような紅の髪に黄金色の瞳。姿形は、まだ若い少女のそれだった。その美しさに、アレクは
思わず息を呑んだ。
しかし、精霊がその場に留まっていたのは一瞬のことだった。我に返ったアレクに向かって、手に
していた卵をグリフィスが差し出した。

「ほれ。割ってみ。」
「え、でも・・・」
「大丈夫。」

グリフィスに頷かれ、意を決して卵を割るアレク。だが、予想に反してその中身が殻から流れ出ることは
なかった。ついさっきまで生だったはずの卵が、いつの間にか固ゆでのゆで卵になっていたのだ。

「あれ!」
「というわけだ。精霊術は、こんなこともできるんだぜ。もちろん、その気になればこの宿ごと燃やすこと
だってできる。」
「すごい・・・」
「おい、グリフ・・・縁起でもないことを言わないでくれ。」
「へっへっへ、こいつは失礼しました。」

マスターに向かってにやりと笑ったグリフィスは、呆然と手の中にあるゆで卵を見つめていたアレクに
向き直った。

「な、どうだい? こうやって精霊の力を使って様々な術が使えるんだぜ。もちろん、金も名誉も思いの
ままさ。損なことはないと思うが・・・」
「・・・少し、考えさせてくれませんか。」
「ったく、ノリが悪いな。そこは間髪入れずに“はい!”だろう。」
「え、でも・・・」

小さく肩を竦めたグリフィスは、手にしていた酒の杯をアレクに向かって突き付けた。

「まあいい。優秀な精霊術士の卵に乾杯だ! マスター、酒だ酒!!」


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