友達
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(うわぁ・・・)
薄暗い店内は、たくさんの楽器で埋め尽くされていた。今まで山深い村で育ってきたクレオにとって、
そのほとんどが見たことのないものだった。僅かに、ロアノークで水竜術の師の家に滞在している間に
目にしたものが分かるくらいだ。
「よ、おやっさん。」
「そろそろ、来る頃だと思っとったよ。」
「まあな。こいつも、定期的に手入れしてやらねえとな。大事な思い出の品だからさ。」
目の前では、カウンターにケースを置いた男と店の主人らしき人物が談笑している。パイプをくわえ、
眼鏡をかけた店主の全身は体毛に覆われており、その身長は人間の半分以下でしかない。
ターフ族と呼ばれる幻獣人の一種族である彼らは、細工物の才に恵まれているのだという。事実この
コーセルテルで流通している、家具を初めとする木工品のほとんどは彼らの手によるものであり、その
ことをクレオはこちらに来てからの術士研修で知ったばかりだった。それは楽器も例外ではないの
だろう。
「ん? あんたは・・・」
「ああ、そうだった。おやっさん、ちと頼みがあるんだがな。」
おずおずとカウンターの方へと歩み寄ったクレオに目を留め、店主が不審そうな表情を浮かべた。
そこへ、明るい調子で男が口を挟んだ。
「ショーウインドウんとこに飾ってあるアレ。アレをさ、ちょっとこいつに弾かせてやりたいんだ。」
「リカルド。お前さんも、相変わらずいきなりじゃのう・・・。」
「いいだろ? どうせ弾く奴もいないんだし。・・・このままじゃ楽器がかわいそうだ・・・そうだろ?」
「そりゃまあ、そうだが・・・」
無理もない。見ず知らずの相手に自分の作品を触られるのには、誰でも抵抗がある。それが納得の
出来栄えなら尚更だ。
煮え切らない店主の様子に、男は小さく肩を竦めるとにやりと笑った。
「オーケー。じゃあ、アレを貸してくれた暁には、オレがおやっさんの頼みを何でも聞くってことで・・・
どうだ?」
「なんじゃと?」
「いい鉋が欲しいって、この間ぼやいてたじゃないか。鉋じゃなくてもいい。工具だったら・・・なんだって
オーダーメイドで作ってやるよ。もちろんタダでだ。」
「うーむ・・・。」
「な? オレの友達のたっての頼みなんだ。オレに免じてさ、弾かせてやってくれよ。」
(友達・・・?)
男の何気ない一言に、俯いていたクレオは弾かれたように顔を上げた。
「友達」。ことあるごとに「化け物」と蔑まれ、迫害を受け続けた故郷では決して聞くことのできなかった
言葉。
「・・・よし、分かった。他でもないお前さんの頼みじゃからな。」
「お、じゃあ商談成立だな。」
「約束は、忘れんでくれよ。」
「分かってるって。」
にやりと笑った男が、店主から受け取った鍵をクレオに向かって放った。
「ほらよ。お許しが出たぜ。」
「あ・・・あの、本当にいいんですか?」
「ああ。存分にやんな。」
「・・・・・・。それじゃあ・・・失礼します。」
ショーウインドウに飾られていた楽器は、傍目にはピアノかオルガンのような外見だった。椅子に座り、
鍵盤の蓋の鍵を開けたクレオは、恐る恐るそれに触れた。
ポーン―――――。
(あ・・・)
クレオの予想よりも、それは柔らかく温かい音だった。まるで、木を打ち合わせているような印象を
受ける。
「それはな、おやっさんのオリジナルなんだ。名前は・・・なんつったっけ?」
「ピアノを見て思い付いたからのう。そうじゃの、名付けて・・・」
クレオには、既に二人の言葉は聞こえていなかった。目を閉じ、無心に鍵盤を叩く。
故郷では、クレオにオルガンの弾き方や楽譜の読み方を教えてくれる相手はいなかった。その
ために、こうした自己流の「即興」を身に付けるしかなかったのだ。
(・・・・・・)
最後の音が店内に響き、そして静かに消えていった。
楽器に元のように鍵をかけ、それを手にクレオがカウンターへと歩み寄っても、店主は口をぽかんと
開けたままだった。それとは対照的に、傍らの男は「それみろ」と言わんばかりの表情でにやにやして
いる。
「あの・・・ありがとうございました。」
「あ・・・う、うむ。」
クレオの声に、店主は我に返った様子だった。慌てて眼鏡に手をやりながら、クレオの差し出した鍵を
受け取る。
「お前さん・・・こりゃ、大したもんじゃの。」
「そんな・・・」
「うむ・・・気に入った!」
破顔した店主が、カウンターの上に置かれていた楽器の鍵をクレオに押しやる。
「これはお前さんに預けとく。あれが弾きたくなったら、いつでも来るがええ。」
「あの・・・いいんですか!?」
「もちろんさ。楽器がな、喜んでいるのが分かったのよ。」
「おう、良かったじゃないか。」
「あ・・・ありがとうございます!!」
「うむ。遠慮はいらんからの。」
店主の気前のいい台詞に顔を輝かせるクレオと、それを見て満足そうに頷く店主。そんな二人の
やり取りを微笑ましげな様子で眺めていた男が、小さく肩を竦めると踵を返した。
「じゃあオレはこれで。おやっさん、頼んだぜ。」
「おう。任しとけ。」
「あ・・・!」
クレオが振り向くと、男は店の扉から外へと出ていくところだった。店主に小さく頭を下げたクレオは、
慌ててその後を追ったのだった。