週末の過ごし方〜パルムの場合〜  1     

週末の過ごし方
〜パルムの場合〜


 −1−

「これで、よし・・・と。」

この日、宮廷の侍医長である木竜パルムは、珍しく私服だった。手元の旅行鞄をぽんと叩いた
ところで、後ろから声をかけられる。

「パルム様。いよいよ、お出かけですか?」
「あら、シェルナ。」

声の主は、副侍医長にしてパルムの片腕であるシェルナだった。パルムが宮廷に不在の際は、彼が
侍医たちを統率してその職務に当たることになっている。
バインダーを片手に侍医の詰め所に入ってきたシェルナは、パルムの服装に目を留めるとにっこりと
笑った。

「思えば、パルム様の私服を拝見するのも、随分と久しぶりのような気がしますね。」
「そうね。外泊も・・・結局、一年ぶりになっちゃったわ。」
「ただでも少ない休日も、急病人やら事故やらでフイになることが多いですからね。考えてみれば、
因果な仕事を選んでしまったものです。・・・そうは思われませんか?」
「本当ね。せめて年末年始くらいは、みんな病気や怪我をするのを休んでくれないかしら。」
「ははは。そういうわけにも、行かないのでは。」

シェルナの言葉に、大仰に溜息をついてみせるパルム。
患者は、時と場所を選ばず発生する。そして、そのいずれもが、この真竜族の王国フェスタに係わる
要人なのだ。治療の失敗がそのまま国の屋台骨を揺るがす可能性もあり、侍医たちにかかる物理的・
精神的な負担は、非常に大きいものがあるのだった。

「せっかく、年に一度の結婚記念日なのですから。ごゆっくり、羽を伸ばされてはいかがですか。」
「ありがとう。そう言ってもらえると、気が楽になるわね。」

にっこりと笑ったパルムは、お気に入りの帽子を被ると、旅行鞄を持ち上げた。

「明日の夜には戻るから。それまで、留守をお願いね。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」

頭を下げたシェルナに軽く手を挙げて応え、侍医の詰め所を出る。本殿の建物を出ると、外はまだ
むっとする暑さだった。

(ふう・・・)

ハンカチを取り出し、早くも噴き出してきた額の汗を拭う。茜色に染まった空をちらりと眺め、パルムは
無言で歩き始めた。本殿から、宮廷の正門に当たる南大門までは、徒歩でおよそ三十分の距離である。

(あ!)

すれ違う廷臣たちと挨拶を交わしながらのんびりと歩いていたパルムは、正門の脇に佇む人影に
気付くと顔を輝かせた。提げていた旅行鞄を持ち直すと、小走りにそちらへと駆け寄っていく。

「レフォール!」
「おお、待ちかねたぞ。」

パルムの声に、相手が顔を上げた。両手を大きく広げ、そこへ飛び込んできたパルムをしっかりと
抱き締めたのは、パルムの夫である木竜レフォール。現在、ロアノークに点在する病院の一つである
「楓ヶ丘診療所」の所長を務めている。

「ごめん、遅くなっちゃって!」
「それは言わない約束だろう。侍医が激務であることは、僕も良く知っている。」

旅行鞄を地面に置くのももどかしく、相手に抱き付き軽い口付けを交わす。パルムの掛けている
片眼鏡に目を留めたレフォールが言った。

「ふむ。相変わらず、その眼鏡をしているのか。」
「あら、“片目だけが悪いともう片方も悪くなるから”って眼鏡をかけるように私に勧めたのはあなた
じゃない。実際、目が悪いと侍医の仕事にも差し障りがあるし・・・。」
「それはまあ、そうだが。・・・それにしても、金縁とは趣味が悪くはないか?」
「そうかしら。私は気に入ってるんだけど。」

にっと笑ったパルムが、レフォールと腕を組むようにして尋ねる。

「ね、そんな話より。今日のこれからの予定は?」
「決まっているだろう。まずは、豪勢なディナーに君をご招待しようじゃないか。」
「やった! 宮廷の食事も悪くないけど、やっぱりこれが楽しみなのよ!」
「その後は、我が家に戻って恒例のイベントがある。明日のことは、またそのときに考えることに
しないか?」
「了解! そうと決まれば、善は急げよ。さ、行きましょ!」


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