ワイルド
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(くっ・・・どうする!)
表情を硬くしたセンジュが身構える。・・・そのときだった。
「がっかりだ。この程度とはな・・・。」
『なっ・・・!?』
辺りに、凛とした声が響く。それは、たった今完膚無きまでに叩きのめされたはずの、アズサのもの
だった。
「確かに、手応えはあったハズ・・・! お前・・・不死身なのか!?」
「痴れ者が・・・」
ゆらり、と立ち上がったアズサの全身からは、周囲を圧倒するばかりの殺気が放たれていた。
無造作に近付いてくるアズサに、気圧されたように相手がじりじりと後退っていく。
「冥土の土産に、一つ教えてやろう。・・・“武”とは、心技体の三つが揃って初めてその真価を発揮
するもの。」
「な・・・くっ、このぉ!」
「貴様には、この“心”が足りぬ。」
「なっ・・・何しやがる! 離せよっ!!」
慌てて突き出された相手の拳を、アズサが軽々と受け止める。
「確かに、貴様の武術は優れたものだ。それは私も認めよう。しかし・・・」
「!?」
「貴様は、それを他人に見せ付けて悦に入っているだけだ。そのような独りよがりの武など・・・痛くも
痒くもないわ!!」
その言葉と共に、アズサが相手の腕を勢いよく捻り上げた。
「ぐわああっ!!」
相手の悲鳴に混じって、手首の砕ける鈍い音がセンジュの耳にも届いた。あの様子では、恐らくこれ
以上拳を振るうのは不可能だろう。
砕かれた腕を抱え、よろめいた相手に向かってアズサが冷たく笑う。
「口程にもないではないか。先ほどまでの威勢はどうした。」
「ちっ・・・ちく、しょうめ・・・!!」
「ふん。その程度の武では、私はおろか・・・私の部下にも傷一つ付けられんわ!! 私に勝負を
所望するなど・・・百年早い!!」
「ぐえええっ!!」
無造作に繰り出されたアズサの拳が、相手の腹部に深々とめり込んだ。悲鳴を上げた相手が、
がっくりと地面に膝をつく。
「最後に、今一度問う。・・・私の配下に、なる気はないか?」
「う・・・ぐぅ・・・」
「断れば、私は貴様を成敗せねばならぬ。同族の狼藉を取り締まるのも、季軍の大きな役割の一つ
だからな。」
片膝をついた相手が、アズサの顔を見上げる。その視線には、紛れもない敵意と不屈の意志が見て
取れた。
「・・・・・・。そうか・・・。」
小さく溜息をついたアズサが、膝をついたままの相手の襟首を掴む。・・・白い大きな塊が二人の間に
飛び込んできたのは、そのときだった。
(!?)
それは、大きなシロオオカミだった。既に成体であり、体長は尾まで含めると十リンクを優に超えている
だろう。
しかし、どことなく様子がおかしい。じっとオオカミの様子を観察していたセンジュは、その右後ろ足に
白い布が巻かれていることに気が付いた。
(ケガを・・・してるのか)
不自由な身体で、それでもオオカミは懸命にアズサに向かって牙を剥いていた。その瞳には、
アズサへの激しい敵意と恐れが見える。
無理もないことだ。元々、獣は人間に比べて鋭い感覚を具えている。アズサの紛れもない「殺気」に
当てられて、普通だったら既に逃げ出しているところだ。
だが、この闖入劇に驚いたのは、アズサだけではなかったようだ。
「ラッ・・・ラギ! おまえ・・・山でおとなしくしてろって、あれほど言ったじゃねえか!」
「ほう・・・。それは、貴様の仲間なのか?」
「いっ・・・いけねえ!」
アズサの言葉に、慌ててオオカミを庇うように背後にした相手が、必死の形相で叫んだ。
「こいつは、あたしとは何の関係もねえんだ! あたしは・・・あたしはどうされてもいいから、こいつ
だけは見逃してくれ!」
「・・・・・・。」
しばらくの間、厳しい表情で一人と一頭を眺めていたアズサは、やがてふっと目元を和ませた。
「見よ。このような獣でも、立派な“心”を持っているではないか。」
「え・・・?」
「敵わぬと知りながら、それでも敵に立ち向かおうとするこの姿勢。これこそが、私が部下に求める
ものだ。そして、他者を労わるその心もな・・・。」
「あんた・・・」
ぽかんと口を開けた相手は、しばらくして諦めたように笑った。
「負けた。・・・負けたよ、あんたには。」
「いいのだな?」
「ああ・・・。あたしのことは好きにしてくれ。」
「よかろう。では、好きにさせてもらうことにする。」
目を閉じた相手が、頭を下げる。
「まず、名を聞こうか。」
「あたしは、アカシデ。こいつはラギだ。」
「アカシデか。・・・やはり、お前は・・・」
「ああ。あたしが、あの“シデ三姉妹”の出来損ないさ。」
シデ三姉妹。その名前は、年中霊峰に詰めているセンジュにも記憶があった。
この夏冬軍に志願した姉妹の名前であり、冬の精霊の中でも名家の出身であるその三人は武力・術力
共に長け、将来の冬軍の幹部候補と目されていたはずだった。しかし、希望通り北海寒気団に配属と
なった次女・三女とは異なり、なぜかその長女だけが入隊を認められなかったのだという。
入隊が認められなかった理由については不明だったが、こうして本人を前にしたセンジュにとって
それは容易に想像が付くものだった。恐らく、堅物の揃った軍上層部には、このアカシデの破天荒な
性格が理解できなかったのだろう。
頭を垂れたアカシデに向かって、アズサが厳しい調子で告げる。
「明日を持って、ニカイアにある冬軍・リュネル寒気団駐屯地へと出頭せよ。時刻は正午! 遅参は
許さぬ。」
「ニカイアの・・・。ってことは、あんた!」
「そうだ。我が名はアズサ。リュネル寒気団の団長を務めている。」
「なんてこった・・・。」
アズサの名を聞いたアカシデの顔に、呆れたような表情が浮かんだ。見境なく戦いを挑んだものの、
そもそも敵うはずのない相手であったことを瞬時に悟ったのだろう。
アズサの勇名は、軍ならずとも冬の精霊たちの間には深く浸透している。一夜にして人間の都を永久
凍土と化した強大な術力の持ち主。かつ、冬軍でも五指に入る剣技の持ち主とくれば、話題に上らない
方がおかしいのだ。
アズサの言葉を反芻するようにしばらくの間黙っていたアカシデが、やがて遠慮がちに口を開いた。
「あのさ・・・。一つ、訊いてもいいか。」
「何か?」
「自分で言うのもなんだけどさ・・・。あたしはここで、人間たちを襲ってたんだぜ? そりゃ、目的は
食い物だったから、殺さないように手加減はしたけど・・・そんなヤツを、軍に入れていいのかな?」
「確かに。冬軍の一員として選ばれることは名誉であり、罪人などは採用されんからな。事実、冬軍の
軍紀に照らしても、通常であればお前が冬軍の一員として採用されることはまずない。」
「だったら・・・」
「しかし、私の預かる団は“普通”ではないからな。」
ここで、アズサはアカシデに向かってにやりと笑った。
「結論を言おう。我が団においては、入団者の過去は一切問わん。その者が、私・・・そして、冬軍に
対して忠誠を誓うならば、な。」
「そう、か・・・。」
ゆっくりと頷くアカシデ。しかし、一番の懸案が解決したはずなのに、その表情は冴えないままだった。
「まだ、何か言い足りないことがあるようだな。」
「いや・・・。別に、そんな・・・」
言葉を濁すアカシデ。その視線が、彼女を見上げる足元のラギに向けられる。
いたずらっぽい表情を浮かべたアズサが、そんなアカシデに声をかけた。
「そのオオカミ・・・ラギと申したな。・・・連れて参ってもよいのだぞ?」
「え・・・!?」
「向こうには、良い医者もおる。きちんとした治療を施せば、また昔のように走ることもできようが。」
「い・・・いいのか!?」
「無論、冬軍に“無駄飯食い”を置くわけにはいかん。快復の暁には、それなりに役に立ってもらう・・・と
いう条件付きだがな。」
「ああ! もちろんだ!!」
勢いよく立ち上がったアカシデが、満面の笑みをアズサに向ける。
「明日の、正午だな!」
「ああ。待っている。」
「おうよ! じゃ、またな!」
寄り添うようにして小さくなっていくアカシデとラギの姿を見送っていたアズサが、やがて小声で呟いた。
「人は、見かけによらぬものだな。あのようにガサツな奴に、他者を省みる心があるとはな。」
「最初から、分かってたんですか?」
「ん?」
「あいつが、誰かを養ってたってこと。」
「ああ・・・まあ、薄々はな。そもそも、人間どもの食料など奪っても、我ら精霊には何の足しにも
ならん。」
「そうだったんですか。」
「オオカミは、賢く勇敢だと聞く。傷が癒えたならば、我らにとって必ず役に立つはずだ・・・」
言いながら、アズサはふっとよろめいた。そのまま地面に倒れ込もうとするアズサを、センジュが慌てて
抱きとめる。
「だっ・・・団長!?」
「ぐ・・・。どうやら、肋の二三本はいかれておるやも知れん・・・。」
「肋って・・・まさか!」
「先程、あやつにはあのようなことを言いはしたがな・・・。実は、かなり効いていたのだ・・・。」
苦笑したアズサの額には、じっとりと脂汗が浮かんでいた。
「しかし、それだけの甲斐はあった。あやつは、間違いなく我が団にとって、貴重な戦力になる
はずだ・・・。」
「やっぱり・・・こんなことだと思いましたよ! ほら、つかまってください。」
「ああ・・・済まんな、センジュ。」
「ったく・・・人の気も知らないで。これからは、もっと慎んでくださいよ。」
こうして、センジュに支えられた恰好で、アズサはゆっくりと北へ向かって飛び去った。
アカシデの率いることになった部隊がリュネル寒気団の主力を担うことになるのは、この数年後のこと。
リュネルの大きな特徴の一つである、女性団員を多く配したその部隊は、団長アズサの“懐刀”として、
長らく恐れられることとなった。
はしがき
『モノは使いよう』の最後に名前だけ登場した“じゃじゃ馬”、アカシデがアズサに従うようになる経緯に
ついての話です。あーあ、またキャラが増えちゃった(邪笑)。
アズサの主な部下のうち、アズサの団長復帰以後に配下に加わったのがこのアカシデとミズメ(サワン
寒気団から左遷)です。こういう破天荒なキャラクターは大好きなので、いつか彼女の話も書かないと
・・・と思っていたところ、アカシデにぴったりの“テーマ曲”を発見したのであっさりと話がまとまることに
なりました(笑)。
なお、アカシデの外見は、最近身も心も捧げているゲーム『魔界戦記ディスガイア』の武闘家(女)の
イメージです(とは言っても、似てるのはツインテールの部分だけですが(笑))。“シロオオカミ”は
ユキガラスと違って実在しますが、既に絶滅しています。
文中に出てきた部隊名『颮雷』(ほうらい)ですが、これは“ほうら”と呼ばれる雪崩の名前から採った
ものです(正式名称は「泡雪崩」(ほうなだれ))。厳冬の山間部で発生する特殊な雪崩で、最大で時速
200km以上の速度にも達する“ほうら”の威力は、鉄骨の建物を根こそぎ吹き飛ばすほどなのだとか。
ちなみに、この部隊はアズサによって新設された「術専門の部隊」なのですが、隊長のカリンともども、
いずれどこかでちゃんと触れようと思います。
BGM:『ROUTE 405』(T-SQUARE)