もしも    2   

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二人の座っているテーブルの静けさを他所に、食堂の騒ぎは徐々に大きくなっていった。
スプラに煽られて気を良くしたリステルは、当のラスカ本人が僅かに口にした酒のせいでにこにこして
いるのを見て有頂天になってしまったらしい。勢い余ってその腰に手を回したところで、再びカランに
どつかれてとうとう食堂の外へと連行される。そんな周囲の様子を地竜術士のアリシアは呆れ返った
様子で眺め、また寄り合い参加者の中で唯一の未成年である暗竜術士のカレルは、一人ぽつんと
離れた席でジュースを啜っていた。その顔が真っ赤に染まっているのは、恐らくリステルの“痴態”に
当てられたせいなのだろう。
しばらくして、ヴィーカがぽつりと言った。

「なあ・・・」
「ん?」
「両親と、親友と・・・恋人。・・・その、どれか一つしか助けられないとしたら、お前は・・・どれを選ぶ?」
「うーん・・・こりゃまた難しい質問だな。・・・それと、さっきの話と何か関係あるのか?」
「昔・・・まだ、俺がここに来る前の話だ。」

リステルがカランに引きずられるようにして出ていった食堂の入り口に目をやりながら、ヴィーカは
ゆっくりと話し始めた。

「俺が昔、北大陸にいたって話は・・・したことあったよな。」
「ああ。確か・・・オーセルトの将軍だったんだろ。」
「今から、もう十年以上前になるか。隣国が攻め込んできて・・・国境の守備を命じられていた俺は、
親友と共に出陣した。・・・歳は俺より十歳以上も上だったが、そいつとは妙に気が合ってな。」

トレベスは、黙って耳を傾けている。

「城に残した部下が裏切ったという知らせを受けたのは、国境近くに陣を敷いてすぐだった。目前には
敵軍が迫って・・・俺たちは、腹背に敵を受けることになったんだ。」
「・・・・・・。」
「その場に釘付けになった俺たちの許に、今度は敵の別働隊が近くの城を囲んだという知らせが
入った。・・・最初の予定では、俺がその別働隊を蹴散らしてから敵本隊を迎え撃つつもりだったん
だが、部下の裏切りで・・・それができなかったんだ。」
「・・・・・・。まさか、さっきの話は・・・!」
「そうだ。裏切った部下のいた城には、俺の両親が・・・そして、敵別働隊に囲まれた城には、俺の
恋人がいたんだよ。」

静かにヴィーカは頷いた。

「・・・それで。大将は・・・どうしたんだ?」
「・・・俺が選んだのは、恋人だった。侵攻してきた敵軍は、全軍で当たっても勝てるかどうか・・・という
難しいところだった。挟み撃ちの格好だから、退却も難しい。それを知っていて、俺は親友を戦場に
置き去りにして、恋人の許へ駆けたのさ。・・・だが、あいつのいた城は、もう落ちた後だった。」
「・・・・・・。」
「占領した敵領土は、略奪の対象になるのが普通だ。もちろん、女だってそうだ。・・・あいつは、俺の
恋人だったばっかりに・・・」

最後は、消え入るような声だった。

「今でも、毎晩のようにうなされるんだ。怒り、恨み、絶望の籠ったあの眼差しと・・・最後に叩き付け
られた一言が、今でも忘れられない。」
「・・・その、大将の恋人だったっていう相手は・・・」
「死んだよ。俺の目の前で・・・短刀を首に突き立てて、な。」
「・・・・・・。」

顔を上げたヴィーカは、トレベスに向かって寂しげに笑った。

「だから・・・今でも俺は、誰かを好きになるのが怖いんだ。相手を、不幸にしてしまいそうな気がして・・・
な。」
「ヴィーカ・・・」
「だから。悪いが・・・お前の提案には、乗れそうもないな。」

手元の杯を呷ったヴィーカは、テーブルの上にあった酒瓶から新しく自分の杯に酒を注いだ。その
様子を眺めていたトレベスは、ヴィーカの方に向き直ると改まった様子で口を開いた。

「さっきの質問なんだけどな。・・・多分俺でも、恋人を選ぶよ。」
「ほう。・・・何故だ?」
「怒らないで聞いてくれよ。・・・生物の行動は、突き詰めると全て“子孫を残す”ことに繋がるべき
なんだ。余命のことを考えても、両親と親友と恋人・・・という選択なら、冷静に考えれば恋人を
選ぶのが正解だと思う。」
「正解・・・か。」
「もちろん、これは一切の“感情”がなかった場合の話で、普通はこうすっきり割り切れるものじゃない。
しかしな、実際こういった状況になった場合は・・・両親や親友はきっと、『恋人を助けに行ってやれ』と
言ってくれたんじゃないかな。」
「お前も・・・そう言ったか?」
「ああ。多分な。」
「そんなものか・・・」

この答えを聞いたヴィーカは、気のない返事をすると俯いた。
トレベスには、ヴィーカが何を考えているのか手に取るように分かった。・・・未だに、自分のした選択を
責め続けているのだ。

(そんなことがあったんじゃ、仕方ないよな・・・)


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