もしも
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「・・・まあ、んなこと言われてもあんたが納得できないのは分かってる。だから、一つ勝負をしないか。」
「勝負?」
首を傾げるヴィーカ。ポケットからいつも持ち歩いているカードを取り出しながら、トレベスはにやりと
笑った。
「そうだ。勝負は時の運、って言うんだろ? 大将の選択が正しかったのかどうか・・・これで決めたら
いいじゃないか。」
「ふん。賭博の胴元と博打をしろと言うのか・・・?」
「あ、嫌な言い方だなそれ。・・・ま、もう昔の話だから、別にいいけどな。」
肩を竦めたヴィーカは、手にしていた酒の杯をテーブルの上に置くとトレベスと向き合った。
「退屈しのぎにはなるかもな。・・・で? 勝負は何でするんだ?」
「ナーガなんかどうだ?」
「・・・いいだろう。」
ナーガとは数あるカードのゲームルールの一つで、ナーガ諸島に見立てた場札を手役を作って
取り合うのでこの呼び名がある。戦略性、記憶力、運といったカードゲームに必要な全ての能力を
試されるルールであり、世界中に愛好者が多い。
こうして、仕方なくといった感じでカードを手にすることになったヴィーカだったが、元々こうした
勝負事には目がない性質なのである。クート・オノトア・エイルの場とゲームが進むにつれて、
その表情は次第に白熱したものになっていった。
「随分と形勢不利じゃないか、大将。」
「やかましい。こういうものはな、戦略的撤退も必要なんだよ。」
「へいへい。そりゃ失礼しました・・・んじゃ、もう一つ。」
「くっ・・・!」
第五の場は、光のカードが“切り札”になるチェレス。スリーカード同士の対決は、光の5のカードを
出したトレベスの勝ちだった。
「ありゃりゃ。これで三連敗か・・・いよいよ絶対絶命ってわけだな。」
「くそっ・・・! 次だ、次!!」
こうして四対二とトレベスのリードで、いよいよ最後のエルタムの場へとゲームは進んだ。場のカードは
火の7・水の7・水の5で、かなりの高い手が期待できる組み合わせである。
(7・・・あと一枚、7があれば!)
祈るような気持ちで手元に配られた最後のカードをめくったヴィーカは、思わず目をぱちくりさせた。
そこには、オールマイティーの月のカード・・・コーセルテルがあったからだ。
テーブルの向かいで、自らの手札を投げ出しながらトレベスが笑った。
「まあ、つまりそういうことだな。」
「トレベス?」
「どんなに思い悩んでも、最後は運なんだよ。・・・また同じことがあったとしても、同じ結果になるとは
限らない。」
「しかしな・・・。・・・お前、まさかイカサマ・・・!」
「おっと、それは言いっこなし。大体、そう言ってカードを切ったのも配ったのも大将なんだぜ?」
「それはまあ、そうだが・・・。」
「もうちょっと、気楽に考えてみろよ。過ぎ去った日々はもう取り戻せないが・・・」
テーブルの上に散らばったカードを鮮やかな手つきで揃えながら、トレベスは片目をつぶってみせた。
「ここに来て、手に入れたものだってあるんだろ?」
「トレベス・・・お前・・・」
「ヴィーカぁっ! 助けて!!」
真っ青になったリステルがヴィーカの足元に転がり込んできたのは、その時だった。その背後には、
木刀を持ったカランが立っている。
「てめえには、まだ足りねえ。誰が“行かず後家”だコラァ・・・」
「でも、縁談話がないのは本当の・・・」
「うるっせええええっ!! てめえみてえな軟弱な男が、多過ぎるからいけねえん
だよ!! ・・・オラ、待ちやがれ!!」
「うわあああっ!!」
逃げるリステルに向かって、鬼気迫る表情のカランが容赦なく木刀を振り下ろす。傍らのテーブルが
ひっくり返り、その上に載せられていた食器類が砕けるけたたましい音が食堂に響き渡った。
「やれやれ、仕方ないな・・・」
肩を竦めながら席を立ったヴィーカは、そこで束の間立ち止まった。そのまま、振り向かずに言う。
「・・・トレベス。恩に着る。」
「なあに。いいってことよ。」
ヴィーカの後姿を見送っていたトレベスは、不意にこつんと頭を叩かれた。振り向いたトレベスの隣に
立っていたのは、この家の主である火竜術士のダイナだった。
運んできた料理の皿をテーブルに置いたダイナが、渋い表情でトレベスの方を見る。しかし、その目は
笑っていた。
「あんたも、食えない男だねえ。」
「・・・ダイナ?」
「やっぱりあれ、イカサマだったんだろ?」
「何だ、バレてたのか。」
悪びれもせず、トレベスは頷いた。
「・・・相手にカードを切らせた上で、っていうのは大変なんだぜ? おまけに、大将は妙に鋭いところが
あるからな。本当、冷汗ものだったぜ。」
言いながら、トレベスはテーブルの上に投げ出されたままになっていた自分の手札をめくった。
三枚のカードは風の7・土の7・光の7。エルタムの場は、フォーカードで本当はトレベスの勝ち
だったのだ。
「それに、俺は“イカサマはしない”とは一言も言ってないぜ。」
「まあ、呆れた・・・。」
「ほら、嘘も方便って言うだろう? それに・・・誰かさんと一緒で、ああいうのを見ると放っておけない
性質なんでね。」
「・・・仕方ないねえ。今回は、そういうことにしといてやるよ。」
「へへ、ありがとさん。」
肩を竦めたダイナは、自らの補佐竜を宥めるために席を立った。その様子を眺めながら、トレベスは
小さな声で呟いたのだった。
「恋人を裏切ってしまうのと、恋人に裏切られるのと。どっちが辛いんだろうな、なあ・・・大将。」
*
歴史は、必然である。
過去の出来事は全て起こるべくして起こったのであり、それについて仮定の話をするのはただ空しい
だけ。
それでも・・・人は、過ぎ去った日々についてあれこれと思いを巡らすものなのだ。
もしも、隣国が攻め込んでこなかったら。
もしも、部下の裏切りが起こらなかったら。
もしも、あと半日城が持ち堪えてくれていたなら。
もしも、彼女が笑顔で自分を赦してくれたなら・・・。
はしがき
『ROUND TRIP』サイドストーリー第4弾、水竜術士ヴィーカと木竜術士トレベスの過去についての
話です。
文中、ヴィーカがトレベスのことを「賭博の胴元」と言ってますが、これは昔ナーガにあるカジノで
トレベスがディーラーをしていたことを指しています。同様に、ヴィーカが以前オーセルトの将軍だった
ことを知っているトレベスは、彼のことをいつも「大将」と呼んでいます。
BGM:『イフ』(Crystal Sounds Orchestra)