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(この話は、『(168)罪』の続編として書かれています)

翌日の正午。竜王の竜術士セリエの居室に集まっていた七人の子竜たちは、部屋に入ってきた
セリエの姿を認めると一斉にその場に平伏した。

「皆、よく集まってくれた。これより、お前たちに大事な話がある。お前たちのこれからの人生を決める
ことになるはずだ・・・心して聞くがよい。」
『ははっ!』
「既に、この部屋には風竜術による結界を張った。これで他の者に話を聞かれる心配もない。・・・
これよりここで交わされる会話については、一切口外無用と心得よ。」
『・・・?』

なぜ、これほどまでに厳重な警戒が必要なのか。顔を見合わせた子竜たちに向かって、やがて
セリエが静かに口を開いた。

「国を治める要諦は何だと思うか。各自、思う所を述べよ。」
「それは、やはり“武”にござりましょう。」

間髪入れずに口を開いたのは、一番竜の火竜グレンだった。一つ膝を進めたグレンは、その激しい
気性の象徴である瞳を真っ直ぐにセリエの方へと向けた。

「まずもって、国をまとめていくには、その後ろ盾となる武力が必要となります。されば、まずは
しっかりとした軍を作り、それを間違いなく掌握することが大事と心得ますが。」
「うむ。・・・他にはないか?」
「恐れながら・・・」

頷いたセリエは、他の子竜たちの方に目をやった。続いて口を開いたのは、二番竜である水竜ソウガ
だった。

「兄者の申されたことも、至極もっともにございましょう。ですが・・・私は、国を治めるに当たっては、もう
一つ忘れてはならぬものがあると思います。それは、“法”ということになるのではないでしょうか。」
「ほう、“法”とな。理由を聞こうか。」
「は。・・・確かに、国作りに当たっては兄者の申された通り“武”が必要となりましょう。しかし、言う
なれば“武”は最後の手段。いつまでも国民を力で押さえ付けておくことはできませんし、またその
ことへの反発を招くのは必定。従って・・・」

ここで一息入れたソウガは、心持ち声を張り上げた。

「一度国が統一されたならば。可及的速やかに、国民全てに平等に適用される“法”を整備し、それに
よって国を治めていく必要があるのではないでしょうか。それを怠ると、覇者が滅びた後、その国は
以前の状態に戻り・・・最終的には四分五裂の憂き目を見ることになりましょう。」
「なるほどな。法無き武は次なる争いを生み出すのみ・・・しかしまた、力無き法もまた用をなさぬ。今、
二人の言ったことは的を得ている。・・・しかしこれも、あくまで建前に過ぎぬ。」
「姐上。一体、何を仰りたいのです?」

苛立たし気な声を上げたのは、グレンの後ろに座っていた四番竜、風竜のシデンだった。
宮廷近衛隊の副隊長であり、セリエの無二の親友である光竜のエクルは、残念ながら剣を初めとする
武術の腕前はからっきしだった。そのエクルの副官として実際に部隊を統括しているのが風竜のコロン
であり、シデンはその長男だった。事実、父譲りの剣の才に恵まれていたシデンは、七人の中では一番
剣の腕の上達が早かった。
シデンに向き直ったセリエが、静かな調子で言う。

「シデンよ。お前は、私の出自についてどのくらい知っている?」
「は・・・? いえその、しかとは・・・」
「構わぬ。申してみよ。」
「は・・・ならば申し上げます。姐上は、北大陸の暗殺者であらせられたと。そして、現竜王陛下のお命を
狙って、このロアノークへやってこられたのだと。」
「その通りだ。」

あっさりと頷いたセリエの様子に、子竜たちは驚いたように顔を見合わせた。そんな子竜たちには頓着
せず、セリエは静かに言葉を継いだ。

「当時、私の属していた国は、王の暴政が祟って分裂の危機にあった。それを回避すべく・・・私は
この地を訪れた。竜王を殺し、その混乱に乗じてこの地を手に入れることができれば、国の危機を
回避できると信じてな。」
「姐上・・・」
「無論、今語るべきはそのことではない。皆に知ってもらいたいのは、有史以前より、国家の盛衰の
裏には必ずこうした“忍び”・・・“影”の存在があったということだ。」

初めて自身によって語られる、セリエの過去。改めて、自分たちの術士がかつては“暗殺者”・・・
自分たちの敵であったことを本人から告げられ、子竜たちは一様に俯いた。

「この国・・・真竜族の王国フェスタは、竜王と始祖によって作られたと聞いている。考えてもみよ。その
志半ばにもし始祖が何者かに殺されていたら、この国はどうなっていたであろうな。」
「そ、それは・・・」
「知っての通り、私は竜王を討ち漏らした。お前たちにとっては幸運にも、だろうがな。・・・だが、もし
私が首尾よく竜王の首を上げていたらどうなったか。お前たち真竜族には、太古の昔より身内争いは
なかったと聞いている。だがそれでも、新たに立った自分たちの“王”の不慮の死は、この国・・・そして
周囲の各国に様々な波紋を投げかけることになったであろう。」
「ですが・・・。中央山脈の反対側に居住している魔獣族、そして主に大陸南部に居を構える精霊族
とは、有史以来長い間平穏な関係が保たれてきました。最近は北大陸の人間族も大人しくしている
ようですし・・・そうした心配は無用なのではありませんか?」

シデンの隣に座っていた、五番竜の光竜キレイが遠慮がちに口を開く。セリエの預かった子竜たちの
中でも一番の平和主義者であるキレイは、元来こうした話には否定的な見方をすることが多かった。

「無論今はそうだろう。しかし、それがいつまでも続くとは限らぬのが世の定め。隣国に動乱があると
聞き及べば、あらぬ野心を抱く者が現れる可能性もあろう。」
「もしや・・・姐上は、魔獣族や精霊族が攻めてくると申されるのですか?」
「その可能性も、あるということだ。」

頷いたセリエは、改めて一同を見渡した。

「よく聞け。国とは無論国民の集まりだ。その国によって形態は違うが、基本的に国民が力を出し
合ってその運営に携わり、国の特徴を決めていく。しかし、時には・・・類稀なる才知と魅力を持った
人物一人の力によって、その国が動かされることもあるのだ。そう・・・アルバ帝国における、かの始祖
ユーニスのようにな。・・・こうした場合、その人物の動静によって国の運命が決まることが多い。」

“始祖”という言葉を聞いて、その場に声にならないざわめきが広がった。言うまでもなく現竜王
アイザックの妻であり、竜術士の始祖であるユーニスのことは、宮廷でも伝説的な存在として語り
継がれているのだ。

「私は、暗殺者としてこの地を訪れた。竜術士として人間族をこの地に受け入れることを決めた以上、
好むと好まざるに関わらず、これからもこうした者どもが現れるに違いない。南大陸は人間族にとって
垂涎の地なのだからな。だが・・・」

ここで言葉を切ったセリエは、ゆっくりと子竜たちを見回した。

「そのために、竜王を初めとする国家の要人が殺されることだけは、何としても防がねばならぬ。また、
必要があればそうした役割の者を他国へ送り込むことも止むを得まい。・・・それで戦が回避できるの
ならば、人の命など安いものだ。」


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