影
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「・・・一つ、姐上に伺いたき儀がございます。」
顔を見合わせていた子竜たちの後ろから、冷静な声が上がった。そちらに目をやったセリエは、声の
主の名を呼んだ。
「うむ、コハクか。何なりと申せ。」
「は、ありがたき幸せ。」
床に手をつき、律儀に頭を下げながら返事をしたのは、七人の中では最年少の地竜コハクだった。
「唯今伺いましたお話は、姐上お一人のお考えなのですか? あるいは、陛下や他の方に相談された
上でのことなのでしょうか。まずもって、そのところを伺いたく存じます。」
「私の独断だ。このことは、竜王にさえ告げてはおらぬ。・・・いや、告げてはならぬのだ。」
「それは・・・どういう意味でしょうか?」
「敵を欺くには、まず味方からという格言がある。いずれ竜王の耳には入れるつもりだが・・・今後この
役目を負うに当たって、そのことを他の者に告げることは一切まかりならぬと心得よ。」
コハクは、顔を上げたままセリエの瞳をじっと見つめている。臆せずにその視線を受け止めながら、
セリエは小さく溜息をついた。
「私は、深い迷いの中にいた。竜王に誘われ、この地で“竜術士”として暮らすようになってからの
八年間・・・私にも、何かできることはないのかと、ずっと迷い続けてきたのだ。」
「・・・・・・。」
「しかし、その答えをやっと出すことができた。・・・今まで間者などというものとは縁のなかったお前たち
真竜族にその心得を伝え、私の後継を育てること・・・それを自らの残された人生の務めにしようと。
そしてこれは、その経験がないものには決してできぬことでもある。」
小さく肩を竦めるセリエ。その表情には、どこかおどけた様子が見えた。
「残念ながら、お前たち真竜族の“危機意識”には大きく欠ける部分がある。まあ、強大な力を誇り、
また有史以来外敵らしき外敵もいなかったというから、無理もない話だが・・・だから、私がやるのだ。
・・・北大陸で、長きに亘って日陰の人生を歩んできた私がな。」
じっとセリエのことを見つめていたコハクは、ここで僅かに目を伏せた。
「母より、姐上のことは常々伺って参りました。母は、こう申しておりました・・・姐上は何物にも揺るがぬ
強い信念をお持ちの方であり、それはかの始祖と良く似ておられると。しかし同時に、今は長い迷いの
中にあられるとも。」
コハクの母は、宮廷記録官にして始祖ユーニスの四番竜でもあったヴィスタだった。結局セリエに心を
許すには至らなかった同族への反発も込めて、初めて授かった子であるコハクを、ヴィスタはセリエに
預けることに決めたのだった。
「その迷いが晴れる日を、長きに亘りお待ちしておりました。今のお言葉を伺いまして、既に私の
中には一片の躊躇いもございません。・・・どうか私を、“影”の一員として加えていただきますよう、
ここに伏してお願い申し上げます。」
「うむ。良くぞ申した。」
静かに、しかしきっぱりとこう述べたコハクは、最後に深々と頭を下げた。それをきっかけに、他の子竜
たちも次々にその場に平伏していった。最後に、七人を代表して声を上げたのはスイランだった。
「我等七名、卵から孵ったその日から姐上と共に過ごして参りました。これからも生涯、姐上に従って
いく所存でございます。」
「そうか。・・・かたじけない。」
ホッとした様子で頷いたセリエは、満足そうな笑みを浮かべた。しかし、その笑顔は一瞬のことだった。
「お前たちは、七人で一人。そのことを、くれぐれも忘れてはならぬ。」
『ははっ!』
「では、一人ずつ前へ出よ。・・・お前たちに渡すものがある。」
『?』
首を傾げた子竜たちの前で、自らの背後から一つの箱を取り出したセリエはその蓋を開けた。
中には、セリエ愛用のものと同じデザインの短剣が七振り収められていた。
「お前たちの名前は、私の遣っていた短剣から採ったものだ。以前は二本しかなかったものだが、
この日のために・・・新たに子竜を預かる度に、ガレシャに頼んで造ってもらっていたのだ。・・・これ
より、“影”の証としてこの短剣を授けることにする。グレン!」
「は!」
名前を呼ばれた子竜たちが、一人ずつ前に進み出ては短剣を受け取っていく。短剣を配り終えた
セリエが、一段と声を張り上げた。
「これからは、より一層厳しい鍛錬が待っている。武術、竜術・・・そしてこの役目に必要な様々な知識。
誰一人欠けることは許さぬ・・・覚悟して付いてくるがよい!!」
『ははっ!!』
一斉に頭を下げる子竜たち。これが、後の世に“ギムレット”と呼ばれた真竜族の忍び集団誕生の
瞬間だった。
はしがき
というわけで、『罪』の続編です。セリエの子竜が全員集合しました(笑)。
歴史小説好きでそういうものばかり読んでいると、こうした「国家観」について色々と考えさせられる
ことが多く、今回はそれをセリエの視点でまとめてみました。
なお、“ギムレット”とは「錐」や「コルク抜き」を意味する言葉です(同名の有名なカクテルがあります)。
立ち塞がる障害に穴を穿ち、真実を探り出す・・・というイメージを込めて名付けました。