夢破れて  1     

夢破れて


 −1−

一面の雪景色の中を進む、一台の橇があった。
時刻は、まだ正午を回ったばかり。しかし、ほんの二十リンク先も見えない猛吹雪のために辺りは
薄暗く、道と原野の境界すらはっきりしない。
橇の荷台に座っているのは、栗毛の青年だった。腰の上までの長髪を首の後ろで無造作に束ね、
額には紺の鉢巻きを締めている。

「よしよし、もうちっとだから頑張ってくれよな。」

こう言った青年が、橇を引く愛馬の尻を労わるようにぽんぽんと叩いた。それに応えるように、愛馬が
小さく嘶く。その首に吊るされた鈴が、ちりん・・・と小さな音を立てた。
一年の半分以上を、雪と氷に閉ざされる北大陸北部。雪の降り積もった街道では、馬車は用を
なさない。代わって輸送の主役となるのが橇だった。
橇には、荷物が満載されていた。手紙の類から、様々な大きさの小包類、そして芋や穀物等の
食料品。その側面に描かれているのは、世界共通の「郵便組合」のマークだ。ろくな交通機関も
ない北部の地方にとって、この橇による郵便が冬の間の「命綱」になることも珍しくないのだ。

相変わらず、吹雪は収まる気配を見せない。その中を、橇はゆっくりと進んでいく。
灰色の空をちらりと見上げた青年の眉間には、深い皺が刻まれていた。

「ったく・・・一々気合い入れ過ぎなんだよ。んなことしたってムダだって、まだ分からねえのかな。」

やがて橇は、三叉路に差しかかった。正面は百リンクは下らない切り立った崖になっており、街道は
それを避けて左右に分かれる形になっていた。

「疲れたろ。ここで一休みしようぜ。」

そう言って青年が橇を乗り入れたのは、三叉路から少し行った場所にある、小さな洞穴だった。
置かれていた蝋燭に火を灯す。問いかけるように自分を見やった愛馬に向かって、青年は微笑むと
小さく頷いてみせた。

「俺は、ちょっと外の様子を見てくるからさ。しばらく、ここで待っててくれよな。」


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