本日開店    2   

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工房の中は、意外に綺麗に片付けられていた。

「これはまた、年季の入った工房ね。」
「うちの家は、じいちゃんまで三代続いた鍛冶屋だったんです。もう、この工房ができてから百年以上になるのかな。」
「ふーん。・・・使われなくなってから随分になると思うけど、道具は傷んでないわね。手入れは、あなたが?」
「はい。・・・あたしに鍛冶の才能はなかったけど、じいちゃんと・・・ここが好きだったから。」
「そう。偉いわね。」

はにかんだ様子の少女に向かって、にっこりと微笑むアグリナ。その視線が、苦虫を噛み潰したような顔でその場に立っていた男に向けられる。

「さてと、待たせたわね。あたしはアグリナ、こっちはヴァータよ。良かったら、あんたの名前も聞かせてくれる?」
「生憎だが、俺は見ず知らずの相手に名乗る習慣は持ち合わせていないんでな。それも、他人の話に無理矢理割り込むような、礼儀知らずには特にだ。」
「あらそう。それならそれでいいわ。戻って、サカキに伝えて欲しいことがあるんだけど。依頼の件、代わりに受ける用意があるから、お手数だけど一旦ここまでお出でくださいってね。アグリナって名前を出せば、きっと分かってくれると思うわ。」
「待て! 貴様・・・何故そのことを!? それに、サカキ副団長のことまで・・・何故知っている!?」
「なぜって・・・さっき、通り中に聞こえるような大声でがなってたのはどこの誰よ。それに、さっきあんたが副団長って言ってたでしょ。副団長を置いてるのはセルティークだけって昔聞いたけど、それってサカキのことよね? その後昇進や降格したとか、じゃなければ他の寒気団でも副団長制が導入されたのかしら。もし違ってたら謝るけど。」
「ああ、いや・・・間違ってはいないが。・・・いや、そうではなくてだな!! 一介の人間風情が、何故冬軍のことをそこまで知っているのかってことだ!!」
「随分な言われようねえ・・・。簡単なことよ。その昔、コーセルテル攻め込んできたサカキを、あたしがこてんぱんにのしたことがあってね。あいつとは、それ以来の腐れ縁なのよ。それに、冬軍には他に知り合いも何人かいて、その鉢巻も見慣れてるの。・・・どう? 納得した?」
「・・・・・・。」

アグリナの奇想天外な言葉の数々に、毒気を抜かれた様子の男があんぐりと口を開けた。それも、見ず知らずの人間に、自身が恐れつつ仕えている上官を、あたかも旧知の友人か何かのように言われたとあれば無理もないことだった。

「それで、どうするの? 取り次ぐの、それとも取り次がないの? あんたが嫌だっていうなら、あたしが直接駐屯地に乗り込んでもいいんだけど。」
「・・・分かった。一応、サカキ副団長には話すだけ話してみる。いいか、それだけの高言を吐いたんだからな。くれぐれも、ここから逃げようなどと考えないことだ。」
「はいはい。お目にかかれるのを楽しみに待ってるって、伝えてちょうだい。」
「くっ・・・この、いけしゃあしゃあと!」

ぶつくさ言いながら、男が工房を出ていく。二人の遣り取りを目を丸くして見ていた少女に向かって、アグリナがぺこりと頭を下げた。

「急にこんな話になってしまって、ごめんなさいね。ところで、あなたのお名前は?」
「あたし、レベッカです。あの・・・さっきは、ありがとうございました。あの人に付きまとわれて、迷惑してたんです。」
「いいのいいの、気にしないでよ。あ、あたしはアグリナ、こっちはヴァータね。・・・ねえレベッカ、実はさっきの話の通りでね。後でここに来るお偉いさんと交渉した後で、この工房を買いたいと思うんだけど・・・誰に相談すればいいか、教えてくれる?」
「えーと・・・。じいちゃんは五年前から寝たきりで、すっかりボケちゃってるから・・・一応、あたしってことになるのかな。」

首を捻りながら答えたレベッカの様子に、アグリナが笑顔で頷いた。

「分かったわ。とりあえず、食事に行ってこようと思うんだけど・・・この近くでお勧めのお店ってあるかしら?」


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