本日開店
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「しばらく見ないうちに、随分と老いたものだな・・・アグリナ殿。」
「そっちは、相変わらずのようね。部下いびりも大概にしなさいよ、サカキ。」
サカキが先程の男を伴って工房を訪れたのは、その日の夕刻だった。
レベッカには席を外してもらい、二人は工房内のテーブルで向かい合った。軽い皮肉の応酬の後、心持ち居住まいを正したサカキが小さく首を傾げた。
「しかし、確かそなたはコーセルテルでは火竜術士であったはず。そのような重要な立場の人間が、おいそれと外界に出てきても良いのか? まさか、物見遊山というわけではあるまい。」
「その点は、心配ご無用よ。実は今日、晴れて五十歳の誕生日を迎えたんだけど、それを機に術士は引退したの。外界に移り住む許可ももらってるから、あんたと一緒にいたからって、誘拐だのなんだのって騒がれることはないわ。」
「そういうことか。」
にやにやしながらのアグリナの言葉に、サカキが軽く頷いた。
「話は、このシキミから聞いた。何でも、我等の依頼を引き受ける用意があるそうだが?」
「ええ。軍の関係者が鍛冶の工房にやってきて依頼するものと言えば、武器だと思うけど・・・あたしの想像は、間違ってる?」
「いや、その通りだ。他季軍との交戦が条約によって無くなったとは言え、軍である以上武備は不可欠。その為の充分な予算も、各寒気団には用意されているのだが・・・」
「肝心の、武具を作ってくれる相手が、なかなか見付からないってことね。金属の鍛錬は、冬の精霊であるあんたたちには流石に無理だろうし。」
「実を言うと、そうなのだ。この工房の先代の持ち主は、我等冬の精霊に心を寄せてくれる、数少ない人間の一人だったのだが・・・。」
「そこで、ものは相談なわけよ。」
苦い顔になるサカキ。にんまりと笑ったアグリナが、その言葉を引き取った。
「さっきも言ったけど、あたしとヴァータはコーセルテルを出て、これからこの外界で暮らそうと思ってる。あたしの母さんは行商人だったから、あたしも行商をしながら世界を気ままに巡ってみたい・・・と思うところもあるんだけど、その場合でも“拠点”となる場所が必要なわけ。」
「ふむ。」
「コーセルテルは“商売”とは無縁の場所だからね。手持ちはないわけじゃないけど、大いに心細いってわけ。行商をするにしても何にしても、ある程度の資金は必要になるじゃない? そこで、まずはダイルートにしばらくは腰を据えて、鍛冶屋をやろうと思ってるの。そんなときに、そこのシキミ君がこの工房の持ち主の孫娘に無理難題を吹っかけてるのを見付けてね。それなら、あたしが引き受けたらどうかな・・・って思ったわけよ。」
「成程。確かに、我等にとっても願ってもない話ではある。しかし、問題が一つある。そなたの、刀鍛冶としての腕前はどれ程かということだ。・・・そなたの父、イフロフ殿が優れた刀鍛冶であったことは、私自身が譲り受けたこの剣からも明らかだ。その血を引くそなたにも、素質は受け継がれているのだろうが・・・何かその“証”となるもの無しに、二つ返事で承諾することは出来ぬ。」
「もっともな話ね。・・・これを見てちょうだい。」
言いながらアグリナが取り出したのは、刃渡り一リンク(約二十センチ)ほどの短剣だった。柄の中央には宝玉が埋め込まれ、周囲には細かい装飾が施されている。
「これは、あたしが自分で打ったものよ。コーセルテルは争いとは縁のない土地だけど、外界からの侵入者が現れたこともあるし、“護身用”の需要はそこそこあるの。まあ、ちょっと趣味は入ってるけど・・・どう、目の肥えてるあんたなら、この良し悪しは判断できるんじゃない?」
「確かにな。・・・良いだろう。これほどの腕があれば、問題は何もない。」
満足そうに頷くサカキ。その鼻先に、アグリナの指が突き付けられる。
「安心するのはまだ早いわよ。取り引きに当たって、こちらにも条件があるの。」
「聞こう。」
「まず、大前提として・・・これは、純粋な商売だってこと。あたしは一人の鍛冶屋で、あんたたちはそのお客。だから、代金はきちんといただくわ。あたしも、作るものに妥協はしたくないし。」
「こちらとしても、そう願いたい。他には?」
「ここからが大事なのよ。・・・これからここで鍛冶屋を営むに当たって、ヴァータは欠くことのできない大切なパートナーよ。よって、一点目。今後一切、冬の精霊であるあんたたちからのヴァータへの攻撃は控えること。・・・別に仲良くしろとは言わないけど、あんたの弟みたいなことは避けたいじゃない。」
「・・・・・・。そのように努力すると、約束しよう。」
「次ね。ここにあたしたちが腰を据えた場合、ヴァータの正体がバレて、命を狙う輩が現れないとも限らない。“竜狩り”は有名だけど、ヴァータも似たような存在だから、誰かに目を付けられないとも限らない、ってわけね。もちろん、ヴァータに言うことを聞かせるために、あたしが誘拐されることがあるかも知れないし。そこで二点目。あたしや、ヴァータの身辺警護を行う部下を、派遣して欲しいの。」
「さもあろう。・・・それだけか?」
「これで最後。鍛冶には水が不可欠で、それがいつも冷たいほどいい結果が得られるわけ。だから、部下の中からあたしたちの助手を出してもらいたいのよ。・・・ただこれは、四六時中くそ熱い工房に籠もる必要があるから、並みの冬の精霊じゃ務まらないと思うわ。これが三点目なんだけど・・・どうかしら?」
「・・・・・・。良かろう。そなたの申し分、概ね腑に落ちるものであった。全て飲むことを前提に、団長に話を通そうと思うが。」
「分かってもらえて嬉しいわ。団長さんにもよろしく。」
「承知した。正式な書類は、明後日までには持参しよう。」
立ち上がり、しっかりと握手を交わす二人。
工房の入り口までサカキとシキミを見送り、飛び去る後姿を眺めていたアグリナは、心の中で呟いたのだった。
(明日から、忙しくなりそうだわ)
はしがき
『風天の歌』エピローグのその後を描いた話です。この話には続きがありまして、アグリナがサカキに突き付けた数々の“要求”がどのような形で叶えられたか、については是非とも書きたいなと思っています。いやはや、今までの冬軍ストーリーでそれぞれに登場していたキャラクターが、このシリーズを通じて再び登場することになりそうで、僕自身もこの後どんな展開になるのか今から楽しみです(邪笑)。
ここで登場した工房は、以前『待ちぼうけ』というタイトルで書こうと思っていたサイドストーリー(こちらは『北風』関連になります)に登場させようと思って、設定を考えていたものです。結局その話はボツにしたんですが、その設定をここで活かせて満足です(笑)。