カフェ      3 

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翌朝。いつものように店にやってきた二人を見て、店の主人はおやという顔をした。
ロッタルクはげっそりとやつれた様子で、それに対してレティシアはにこにこと愛想が良い。まるで
いつもの逆だったのだ。

「おはよう、お二人さん。今朝はどうするね?」
「うむ。いつものように、朝食を二人分頼む。」
「はいよ。」

物問いたげな視線を向けた主人に向かって、ロッタルクは憮然とした表情で呟いた。

「・・・オレは、カフェオレだ。」
「ひゅー! どうした風の吹き回しなんだい?」
「さあな。オレにもさっぱり分かんねえよ。」
「は?」

いつもの定位置に向かってよろよろと歩いていくロッタルクの後姿を眺めていた主人は、傍らの
レティシアを振り向いた。訝しげな表情の主人に向かって、レティシアはくすっと笑った。

「ま、色々とあってのう。・・・あやつもまた一歩、“大人”になったという訳じゃ。」
「へえ・・・。」
「・・・ああ、いやっ! そういう意味ではなくてな! ・・・いっ、要らぬ勘繰りは無用にして
もらおうか!!」

「別に、俺は何も言ってないが。」
「とっとにかく、早いところ頼む!!」
「へいへい。」

主人の意味ありげな反応に、真っ赤になったレティシアは盛大に墓穴を掘った。そのまま逃げるように
去っていくレティシアを、主人はにやにや笑いながら見送った。
しばらくして、トレイを手に主人が二人のテーブルにやってきた。

「はい、お待ち。・・・本当に飲むのかい?」
「うるさいな。黙ってよこせ。」

主人の差し出したカップを、ロッタルクはひったくるようにして手にした。添えられていたシュガーポット
から山盛りの砂糖を入れ、それを一気に飲み干す。

「お代わりだ!」

相変わらずの仏頂面のまま、それでもロッタルクは主人に向かってカップを突き出した。
レティシアが店の入り口を窺うと、ちょうど立っていた女の子と目が合った。ぱあっと顔を輝かせた
相手に向かって、レティシアはブイサインを出してみせた。それに気付いたロッタルクが、植木鉢の
方を振り向く。

「おい、もしかしてあの子か・・・?」
「そうじゃ。」

女の子は、レティシアに向かって何か言ったようだった。そして、次の瞬間・・・二人の見ている前で、
実に幸せそうな笑顔を浮かべたままその場からすっと消え失せた。

『な・・・!』

顔を見合わせる二人。そこへ、主人が朝食を運んできた。

(・・・まさか!)

「ご主人。あの木は・・・」
「お、分かるかね? そいつは、コーヒーの木だ。・・・あーあ、こいつはもうダメかな。」

いつの間にか席を立っていたレティシアに尋ねられ、主人は店の入り口へと向かった。小さく肩を
竦めると、植木鉢を抱え上げる。

(コーヒーの木!)

その瞬間、レティシアには全てが分かった。
あの子が、コーヒーを飲まないロッタルクを見て悲しそうな顔をしていた訳。
あんな小さな女の子が一人でいるのに、客も主人もそれに気付かなかった訳。
そして、最後にあの子が・・・二人の目の前で跡形もなく消えた訳。

「この店のシンボルとしてちょうどいいだろうってんで、豆の仕入先から若い木を一緒にもらって
きたんだが・・・どうも、こっちの気候には合わなかったみたいだな。色々と手は打ってみたんだが・・・
まあ、もともとは熱帯で育つ植物なんだから、無理もないか。」
「・・・その木は、どうするのじゃ?」
「枯れちまったもんは仕方ない。捨てるしかないだろう。」

植木鉢を抱えて、主人はカウンターの奥へと姿を消した。呆然とその場に立ち尽くしていた
レティシアは、やがてのろのろと自分の席に戻った。
しばらくして、ロッタルクがぽつりと呟く。

「あんたが言ってた子って・・・あの木の精霊だったんだな。」
「ああ。・・・どうも、そのようじゃな。」
「・・・初めから、分かってたのか?」
「いや。・・・せめて、名を聞いておけば良かったかのう。」

額の前で手を組み合わせ、祈るような格好をしていたレティシアは、ここで縋るような目でロッタルクを
見た。

「もし・・・主人にあの子のことが見えていたら・・・」
「結果は同じだろ。主人はただの人間だ・・・あの木は、遅かれ早かれ枯れることになったさ。」
「・・・・・・。そうじゃな・・・。」

俯いたレティシアは、自らのコーヒーカップに手を伸ばした。

「苦いのう。・・・こんな苦いコーヒーは、初めてじゃ。」


はしがき

実は僕もコーヒーが苦手で、飲めるのはコーヒー牛乳だけです(笑)。
ちなみに、コーヒーに百種以上のレシピがあるというのは本当です。興味がある方は以下のサイトを
ご覧ください。

AGF Web Site(コーヒーメニュー100選)

BGM:『街角のカフェ』(Crystal Sounds Orchestra)