水玉  1     

水玉


 −1−

「準備はできたか?」
「ええ。」

木竜術士の家。自分のベッドに腰掛けていた水竜術士のエレは、木竜術士カディオの声に笑顔で頷いた。

「本当に、送っていかなくていいのか? いくら一人で歩けるようになったからってなあ・・・水竜術士の家までは結構あるだろう。遠慮しなくていいんだぞ?」
「ありがとう。気持ちだけもらっておくわ。」

カディオに続いて部屋から出ようとしたエレは、ふとその入口で立ち止まった。そして、自分がこの一月余りを過ごした部屋の中を見回しながら言う。

「そうだ。私の剣を知らない?」

最後の勝負は、事実上の相討ちだった。相手の首を落とした後の記憶が、エレにはなかった。自分を発見してくれたのが誰だかは分からなかったが、恐らく瀕死の自分をここに運ぶだけで精一杯で、とても周囲に目を配る余裕はなかったに違いない。・・・あまり期待して、訊いた訳ではなかった。

「ああ。すっかり忘れてた。・・・お前たち、エレの剣を持ってこい。」

意外にも、カディオはあっさりと頷いた。部屋の外にいたロイとノイが駆け出すのを見て、エレは小さく首を傾げた。

(どうして、二人が・・・?)

やがて手渡された、一振りの剣。
それは確かに自分の剣だったが、その外見は記憶にあるものと大きく異なっていた。鞘は綺麗に磨き上げられ、くすんだ印象だった装飾の宝玉の輝きは目に眩しいほどだ。

(!)

剣を鞘から抜いたエレは、驚きに目を見張ることになった。傷んでいるはずの剣身が、一点の曇りもなく研ぎ澄まされていたからだ。
仮にも、人間を斬ったのだ。そのまま一月も放置されていれば、鞘から抜くことすらできなくなるはずだ。しかし、この家にそこまで気の回る“剣”の心得のある人物の心当たりはない。だとすれば、一体これはどういうことなのか。

『ごめんなさいッ!!』
「?」

剣身を鞘に収め、エレが目を上げたときだ。思い詰めたような表情で立っていたロイとノイが、揃って勢いよく頭を下げた。

「僕、今まで剣の練習を、真面目にやっていませんでした。こんな平和な状況で、そもそもそんなものが必要だとは思えなかったし・・・。でも、今回のことで、エレさんの言っていたことが正しいって分かったんです。それに、エレさんは体を張って僕たちを助けてくれて・・・。だから、僕・・・」
「ロイ・・・?」
「私も、そうなんです! 術だって、いたずらをするために勉強してきたようなもので・・・。でも、私たちの術が上手くいかないと、人の命が左右されるって分かって・・・急に怖くなって。・・・だから、今までの反省を込めて、エレさんの剣は私たちが一生懸命手入れをしたんです。どうか、受け取ってください。」
「ノイ・・・。・・・そうだったの。」

頭を下げたまま、ロイとノイが交互に言う。微笑んだエレが、その場に片膝をつくと二人の肩に手を置いた。

「二人とも、ありがとう。そうね・・・私も今度のことで、改めて剣は怖いものだと思ったわ。この剣で、皆を守ることもできるけど・・・私が剣を向けることで、相手も剣を向けてくる。そのことを忘れてしまうと、剣はただ争いの元にしかならないわ。」
「エレさん・・・」
「この剣は、大事にするわね。・・・あなたたちも、今日の気持ちを忘れないようにしなさい。」
『はい!』
「よろしい!」

笑顔で、ロイとノイの肩をぽんと叩く。立ち上がったエレに向かって、カディオが真面目な顔で言った。

「なあ・・・。本当に、一人で帰るつもりなのか。」
「ええ。大丈夫よ、天気もいいし、第一慣れた道のりなんだから。」
「まあ、あんたがそう言うなら・・・。けどな、調子が悪くなったら必ず助けを呼ぶんだぞ? あんたが行き倒れなんてことになったら、今度は俺がリリックに張り倒されちまう。」
「ふふっ。心配はいらないと思うわ。」

くすっと笑ったエレは、剣を持ち直すと玄関へと向かった。総出で見送りに出てきた木竜術士一家に手を振り、街道を西へと向かう。
目指す自分の家までは、およそ三時間ほどの道のりだった。


水玉(2)へ