約束〜ユーニスの場合〜    2   

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「ユーニス様!」
「・・・グレーシスか。」
「グレーシスか、ではありません! もう夕方になると冷え込みも厳しいというのに・・・そのような服装
では、お体に障ります!」

足早に近付き、半ば押し付けるような格好で上着と肩布を手渡す。振り向いたユーニスは、少し困った
ような笑顔を浮かべながらもそれを受け取った。

「ここならば、そのような心配をする必要もないと思ったのだが・・・」
「それにしても、です! ユーニス様は既にご高齢の身。宮廷の誰もが、ユーニス様のことを案じて
おります。」
「分かった分かった。・・・それより、座らないか。」

促され、振り上げかけていた腕を下ろしたグレーシスは、ユーニスに倣って木の根元に腰を下ろした。
ここは、ユーニスお気に入りの場所。少し前までは、休日のたびにこの木の下に陣取って本を読み耽る
ユーニスの姿が見られたものだった。その姿はグレーシスも何度か目にしており、ユーニスが子竜
たちを抱えて歩き回ることがなくなってからは、新たな「宮廷の日常風景」の一つになっていた。
そしてここは、彼女の子竜たちによって守られた“聖地”でもあった。
七竜同時同調術がかけられたこの木陰には、どんな嵐の日にも風雨が吹き込むこともなければ、
どんな酷暑・厳寒も及ばない。頭上の枝からはいくつかのうす灯り玉がぶら下げられており、例え夜で
あっても常に読書には最適の環境が整えられているのであった。
しばらくの間、無言で頭上を見上げていたユーニスがくすっと笑った。

「この木も、随分と大きくなったものだな。」
「・・・?」
「私が初めてここに足を運んだ時は・・・まだ、ほんの若木だったのに。気が付くと、見上げるような
大木になっているではないか。」
「そう言われてみれば・・・確かに。」
「私がここに来てから、早三十年か。お前には・・・随分と世話になった。他所者の人間族である私が
補佐で、あの全てに型破りなヒューが竜王。・・・お前の助けがなければ、こんな短期間でフェスタが
国家としてまとまるなどということは考えられなかった・・・」
「そうでした。そして、これからもお二人には頑張っていただかなくてはなりません。やらねばならぬ
ことは、まだまだあるのですから。」

ユーニスの言葉を遮るように、早口で言う。そうしないと、何かとんでもない言葉がユーニスの口から
出てしまいそうだったからだ。
そんなグレーシスの焦りを感じ取ったのだろう。ユーニスは柔らかく笑うと、グレーシスの方を向いた。

「もういいだろう、グレーシス・・・。」
「ユーニス様・・・?」
「私の役目は終わった。お前たち真竜族の国家、このフェスタの礎を作り・・・また、人間族である
竜術士たちが、この国に受け入れられる環境も整えることができた。後は、時が解決してくれる
だろう。」
「しかし! これからも、術士はまだまだ必要になります。そうした時、ユーニス様の存在は何より
の・・・」
「もうよそう、仕事の話は。」

こう言ったユーニスは、いつになくいたずらっぽい笑顔を浮かべてグレーシスの横顔を覗き込んだ。

「それよりな。グレーシス・・・お前も、もう少し素直になった方がいいぞ。」
「素直・・・ですか?」
「そうだ。性格なのか分からんが、私はお前が素直に自らの気持ちを口したのをついぞ聞いたことが
ない。・・・それでは、人生が窮屈になるのではないか?」
「いや、私は・・・別に・・・。」
「ほら、また。・・・たまには、誰かに心の丈を打ち明けてみたらどうだ。」

分かっていた。人当たりの良い外見とは裏腹に、他人を信じることのできないちっぽけな自分。
だからこそ、敵を作らないように生きてきた。・・・それがたまたま「真竜族のまとめ役」という立場に
有利に働いていただけのことだ。
ばつの悪い思いを押し隠すように、グレーシスは少し慌てた様子で言った。

「そう言えば、ユーニス様は・・・何故ここへ?」
「・・・・・・。」
「見たところ、本をお持ちの様子でもありませんし。だとすれば、何を・・・。」
「・・・待っているのだ。」
「待っている?」

背筋が、ぞくりとした。
ユーニスが、この寒空にわざわざここで待つ相手。それが、宮廷の住人でないことは明らかだ。
・・・いや、もしかするとそれは、「誰」ではなく「何」と表現するべきものなのかも知れない。
青くなったグレーシスの様子には頓着せず、ユーニスはゆっくりと言葉を継いだ。

「本当は、一人のつもりだったのだがな。・・・お前が最後に一緒だというのも、何かの縁なのだろうな。」
「ユーニス様! もう、それ以上は・・・!」
「おお、どうやら来てくれたようだ。」

最後の言葉は、グレーシスに向けられたものではなかった。不意に立ち上がったユーニスに連られる
ようにして、グレーシスも立ち上がる。

「長い、道のりだったな・・・。」

ユーニスの唇から、小さな呟きが零れる。首を傾げたグレーシスの目の前で、ユーニスは幸せそうに
微笑み・・・次の瞬間、ふらりとよろめいた。


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