沈黙者    2   

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篠突く雨の中、雨合羽を羽織ったアリシアとノルテは家路を急いでいた。
時々よろけながら歩いているアリシアの方を、先に立って歩いているノルテが時々心配そうな顔で
振り返る。

(ちょっと・・・辛いかな・・・)

作業は、予想以上に難航した。雨によって崩れた崖や、水浸しになった田畑はかなりの面積に上った。
今朝からの体調不良や蒸し暑い気候と相まって、ノルテとの同化術はアリシアにとってかなりの負担に
なった。
人前で竜術を使わなければならない時、アリシアは必ず同化術を使う。通常の竜術に比べて、
同化術は術士の負担が極端に重いことは知っていたが・・・何より、自分の呼びかけにうんとも
すんとも言わないノルテの様子を他人に見せたくなかったからだ。

アリシアが正式に地竜術士になったのは、今から一年と少し前。初めに里からアリシアの許に預け
られることになったのが、このノルテという少女だった。
卵のままコーセルテルにやってくる子竜も少なくない中で、珍しくノルテはかなりの大きさまで成長して
いた。既に尻尾も消え、見かけは人間で言うと十歳にはなっていただろうか。初めてノルテの姿を目に
した時は、アリシアは驚いたものだった。
そして、ノルテは他人に笑顔を見せない子だった。
それだけなら、アリシアもさして不思議には思わなかっただろう。選ばれて竜術士に預けられるのは
名誉なことであるとは言え、子竜本人がそう思っているとは限らない。里や両親から離れる寂しさ、
そして見知らぬ相手である竜術士に対する不安や不信。・・・こうした感情は、生まれて時間が経てば
経つほど大きくなるからだ。
ましてや、自分はまだ竜術士になりたての新米なのである。おいそれとノルテが自分に対して心を
開かないとしても、それは仕方のないことだった。

ところが、実際に一緒に暮らすようになって・・・それ以上に大きな問題をノルテが抱えていることを、
アリシアは思い知らされることになった。預かってから一年が経とうとしている今になってさえ、ノルテは
アリシアと一言の言葉も交わそうとしないのである。
もちろん、話しかければ頷いたり、首を振ったりといった反応は返ってくる。だが、それだけでは
あまりにも情報に乏しい。共に暮らすようになってしばらくの間は、一体ノルテが何を言いたいのか
分からないことも多く、その度にアリシアは悪戦苦闘させられたものだった。
会話ができないということは、相手が何を考えているのかが分かりにくいということでもある。ただでも
自分が避けられているのではないかという悩みを抱えていたアリシアにとって、これは深刻な問題
だった。
しかし一体・・・それは何故なのか。
理由を知りたいと思ったが、それは今のところ果たせていない。多分、ノルテ自身がそれを語るのを
待つべきなのだろう。

(ああ・・・)

不意に、目が霞んだ。視界がぼやけ、雨の中に霞んでいた風景がそのまま斜めになる。
ふらり・・・とよろめいたアリシアは、膝を折るようにしてその場にくず折れた。その瞬間、自分に駆け
寄って抱き起こそうとしたノルテが何か言ったような気がしたが、高熱に浮かされてぼんやりした
頭では、果たして本当にそうだったのかはっきりしなかった。

(ノル・・・テ・・・?)

そのまま、アリシアは意識を失った。


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