モノは使いよう    2   

 −2−

アズサの居室に招じ入れられて、待つこと半時間。ミズメは部屋の主の人物像に思いを馳せていた。
アズサは、様々な意味で“伝説の人”だった。当初は冬軍指折りの剣の遣い手として名を馳せた
彼女が、このリュネル寒気団の団長に任命されたのは今から半世紀以上前のこと。しかし、その術力
不足からリュネル湾を中心とする支配地域は極度の温暖化に見舞われた。その間のセルティーク
寒気団の毎年の奮戦がなければ、下手をするとリュネル湾一帯は春軍に奪われていた可能性も
あった。
それが激変したのが、今から四年前のこと。人間の間で「コーバリス氷没」と呼ばれる極寒の気候の
再来は、何とアズサ一人の手によるものだったという。それ以来、コーバリスの首都だったニカイアの
跡地を中心とする一帯の氷雪地は冬軍の永久陣地となり、それを守護するアズサは、今や武力・術力
どちらにおいても冬軍でも屈指の将の一人となっているのだった。
何か、きっかけがあったのだろうか。まさか、何の理由もなしに、ある日突然術が遣えるようになったと
いうことはないはずだ。そうだ・・・それはきっと、人には見せない弛まぬ努力の賜物に違いない。
所属の寒気団が違うこともあって、その名声こそ耳にしていても、まだミズメはアズサ本人を直接見た
ことはなかった。一体、どのような人物なのか。一度会ってみたい・・・とは常々思っていたことであり、
今回の異動によってミズメは量らずしてその機会を与えられたことになる。

(・・・!)

どかどかと廊下を踏み鳴らす足音に、物思いに沈んでいたミズメは目を開け、顔を上げた。その瞬間、
障子を大きく開けて部屋に入ってきた人物と目が合った。

(これが・・・アズサ様・・・!)

腰には立派な拵えの一振りの刀。あれが噂の七星刀『破軍』なのだろう。額には冬軍の正装の一つで
ある鉢巻が締められており、その下の強い光を湛えた瞳は、その意志の強さを表しているようだった。
何より、その優美な外見がミズメには意外だった。サワン寒気団にも、女の団員は無論存在する。
しかし、その誰もが「男勝り」という言葉がぴったりの体格や容貌の持ち主であり、残念ながら「美しい」
という形容詞とは程遠い者ばかりなのだった。

(しかし、これは・・・)

そして、アズサはとびきりの美貌の持ち主だった。間違いなく自分よりも年上のはずだったが、
これほど掛け値なしに美しいと思える女性に、ミズメは未だかつて会った記憶がなかった。
こうしてその場に平伏することも忘れ、ぽかんと口を開けて自分のことを見つめているミズメに
向かって、眉間に皺を寄せたアズサが口を開いた。

「おい、何だその間抜け面は。・・・私は、阿呆と間抜けは大嫌いでな。」
「はっ・・・! こ、これは大変失礼を!!」

慌てて畳に額を擦り付けたミズメは、声を張り上げた。

「サワン寒気団より参りました、ミズメと申します! どうか、よしなにお引き回しのほどを、
よろしくお願い奉ります!」

「ほう、サワンから飛ばされてきたというのはお前か。わざわざ私に挨拶に来るとは、物好きな
ものだな。・・・うむ、確かそんな通知が来ていた気がしたが・・・」

小さく頷き、傍らの文箱をひっくり返し始めたアズサに向かって、ミズメが恐る恐る問いかける。

「あの・・・アズサ様。」
「何だ。・・・おのれ、どこに紛れ込みおった・・・?」
「その・・・“飛ばされた”とは、一体如何なることにございますか?」
「ん? ミズメ・・・と申したな。お前、まだ分かっておらんのか?」
「は・・・。恐れながら、何のことやら皆目見当も・・・。」

考える表情になったアズサが、その場に頭を下げたままのミズメをじっと見やった。

「ふむ。・・・我が団の者とは、もう誰か会ったか?」
「は? はい、先程センジュ殿とお会いしましたが。・・・それが、どうかいたしましたか?」
「ほう、あやつか。丁度良い・・・では、お前の印象を聞こうか。」
「あの・・・センジュ殿の、ですか?」
「そうだ。思うところを率直に言ってみろ。」

しばらく躊躇ったミズメは、やがて意を決したようにその口を開いた。

「それでは、申し上げさせていただきます。滞りなく任務を遂行されている以上、能力に問題はないので
しょうが・・・軍人としては、少々言動に落ち着きがないのではないかと感じました。軍は規律が第一。
上に立つ者があの様子では、寒気団全体の規律にも悪影響が出るのではありませんか?」
「あやつだけではない。」
「・・・は?」
「我が寒気団の団員は、多かれ少なかれ“軍人としては不適格”という烙印を捺された者ばかりだ。
全く、あのろくでなしどもを御していくのは並大抵の苦労ではない。」
「・・・・・・。」

容赦なく部下たちのことをこき下ろすアズサの様子に、呆気にとられたミズメは口をぽかんと開けた。
しかし、「冬将軍も人使いが荒い・・・」とぼやいたアズサの横顔は、その言葉に反して満更でもなさそう
だった。

「ところで、お前のことだが。・・・ああ、これだ。サワン所属・・・ほう、寒波隊の隊長とな。」
「は。第二寒波隊の隊長となって、今年で六年になります。」
「第二・・・? では、幹部候補ではないか。」

ようやくのことで履歴書を文箱から引っ張り出し、それを斜め読みしていたアズサは、ミズメの言葉に
驚いたように目を上げた。

「は。トウヒ団長の許、日夜指揮官の何たるかを学んで参ったつもりです。」
「ほう。それは頼もしい限りだが・・・」

ここまで言ったアズサは、にやりと笑うとミズメの顔を覗き込んだ。

「それでは、ミズメ。お前・・・一体何をやらかした?」
「は? ・・・あの、仰せの意味が、今一つ・・・」
「リュネルに、自ら望んで来たがる物好きがいるものか。規律は乱れ、団員の質は最低で・・・ここ
数年はロクな戦果も挙げておらんのだぞ。」
「いえ、そ、そのようなことは・・・。」

厳しい表情を浮かべたアズサに正面から見据えられ、ミズメは慌てて頭を下げた。その様子に、小さく
溜息をつくアズサ。

「まあ、団長が三十年もの間寒気を呼べなかったという体たらくなのだから、無理もない。今では我が
団は、すっかり他団からの左遷や落ち零れ団員の吹き溜まりになっていることくらい、お前だって知って
いるのだろう?」
「いや、それは・・・」
「いい加減に、認めたらどうだ。その直言癖・・・どうせ、向こうの上官の気に障ることでも言ったの
だろう。心当たりはないのか?」
「・・・・・・。」

確かに、サワン寒気団の直属の上官に当たるツガとの関係は、あまり良くはなかった。ツガには、目的
達成のためには部下を省みない冷徹なところがあり、何度となくそれを強く諫めたこともある。だが
それも、自らが属する寒気団・・・そして、ひいては冬軍全体のためになると思ってのことだ。しかし、
それがまさかこのような形で自分に返ってくることになろうとは・・・。
平伏したまま拳を握り締め、小さく肩を震わせているミズメのことをじっと見つめていたアズサは、ここで
立ち上がった。そして、室内に設えられた窓に歩み寄ると、そこから外を眺める。

「私は、このリュネル寒気団を短い間に立て直したいと思っている。そう、いずれは北海に並ぶ精鋭と
して、冬軍の中核を担える部隊にしたいのだ。だが、そのための優秀な指揮官の人材が、我が団には
まだまだ不足している。」
「は・・・はっ! 団長のお眼鏡に適う部分がございましたら、不肖このミズメ、精一杯お役に立たせて
いただく所存でございます!」
「ふん。言うは易いが、これは並大抵のことではないのだぞ? 良家に生まれ、エリート街道を歩んで
きたお坊ちゃんには、少々無理があるのではないか?」
「そ・・・それはあまりのお言葉! 私とて―――――」
「お前には、今日より私の従者を命じる。その性根、じっくりと見定めてやるから、覚悟しておれよ!」

ミズメの言葉を途中で遮ったアズサは、こう宣言するとすたすたと部屋を出ていった。その後姿を、
ミズメは呆気にとられて見送ったのだった。


モノは使いよう(3)へ