モノは使いよう      3 

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がきん。

「うわっ!」
「どうしたミズメ! もうへばったのか!?」

こうして、リュネル寒気団配属後の一月は、ミズメにとって苦難に満ちたものになったのだった。
長い春軍との戦いを終えた夏の期間は、冬軍は基本的に休暇の時期となる。しかし、それはあくまで
一般の兵たちの話であり、冬将軍を初めとする指揮官の面々はまた別だった。
新兵の補充から部隊の編成、そして演習の計画から来冬のための作戦会議。こうしたものが連日
行われる結果、彼らにとって夏は一年で最も多忙を極める時期となるのだった。リュネル寒気団の
団長という要職にあるアズサにとってもそれは例外ではなく、結果的にミズメはその折衝に毎日走り
回る羽目になったのである。
それに加えて、午後からは毎日団長であるアズサ自らによる剣術の訓練が行われるのである。その
容赦のない扱きっぷりに、ミズメが白目を剥いて倒れたことも二度や三度のことではなかった。
もちろん、軍の中で人の上に立つために必要なものとして、ミズメもこれまで様々な武術の訓練を
受けてきており、剣についても人並み以上の技量には達していた。しかしそれも、武力を売りにして
指揮官にのし上がってきた他の“叩き上げ”の精霊たちに比べれば、あまりにお粗末であることは
否めない。

「ぐ・・・」
「立て! まだ倒れるには早いわ・・・この軟弱者が!」

膝をついたまま立ち上がれないでいるミズメに向かって、アズサの容赦ない声が浴びせられる。
ようやくのことで顔を上げたミズメは、珍しく殺気の籠もった眼でアズサのことを睨み付けた。

「もう・・・沢山です! 私に不服がおありならば、そう仰ってください!」
「何だと? ミズメ・・・貴様、何を言っているのか分かっているのか?」
「これ以上、このようなことを続けることに・・・意味があるとは、思えません! 私がお気に召さないので
あれば・・・今すぐここで、手討ちにでもなんでもなさればよろしいでしょう!!」

搾り出すような言葉が、最後には叩き付けるような大声になる。ミズメのことをじっと睨み付けていた
アズサは、何を思ったのかここでふっと笑った。刀を鞘に納めると、そのままミズメに背を向ける。

「いいだろう。ついて来い。」
「ですから、私は・・・!」
「来るんだ!!」

裂帛の気合を込めた怒声に一瞬身を竦ませたミズメは、少し躊躇った後にアズサを追った。


  *


自らの居室にミズメを招き入れたアズサは、仏頂面で自分の前に腰を下ろしたミズメに向かって不敵な
笑いを浮かべた。

「やれやれ・・・やっと音を上げたか。全く、ここまで私を梃子摺らせたのは、お前が初めてだ。褒めて
やる。」
「あ・・・あの、はあ。」

仮にも、上官に対して真っ向から反抗したのだ。良くて一兵卒に降格、下手をすると除隊・・・あるいは
追放か。厳しい叱責の予感に身を固くしていたミズメは、アズサの予想外の台詞に目を白黒させた。

「ミズメ。お前の性根、この一月でしっかりと見定めさせてもらった。」
「・・・・・・。」
「この際、はっきり言わせてもらおう。お前には、軍人に最も重要な“覇気”が大きく欠落している。
おまけに、剣の腕も一般兵よりはマシ・・・といった程度の非常にお粗末なものだ。よくもまあ、
これまで寒波隊の隊長などが務まったものだ。」
「・・・・・・。」
「所詮、お前も我が団の一員に相応しい“ろくでなし”だということだな。だが・・・」

好き放題の台詞に、唇を噛み締めるミズメ。だが、ここでアズサは目元を和ませると、がらりと口調を
変えた。

「お前には、そうした欠点を補って余りある誠実さ、そして粘り強さがある。・・・時としてこれは欠点に
なることもあるが、変わり者揃いの我が寒気団で、それなりの立場に就くには欠かせないものだろう。」

文机に向かったアズサは、さらさらと一通の書状を書き上げた。最後に花押を記すと、目をぱちくり
させているミズメにそれを手渡す。それは、ミズメにリュネル寒気団への正式な所属を命じた辞令で
あり、最後には「四天王二番手に任ず」という一文があった。

「これは・・・?」
「今すぐニカイア跡地に飛び、現地に駐屯している我が団の主力を掌握せよ。」
「と、申されますと・・・。」
「そうだ。お前は私の“お眼鏡”に適ったと、そういうことだ。」

四天王の筆頭であるセンジュは、世界に散らばる冬軍の永久陣地の一つであるエルウィーズ山の
守護が第一の任務である。即ち、二番手に選ばれるということは、リュネル寒気団の主力を任されると
いうことになるのだ。

「お前の副官となるアカシデは、私など及びも付かないほどのじゃじゃ馬だ。見事乗りこなしてみせろ。
ミズメ・・・お前なら、できるはずだ。」

ここまで呆然としてアズサの言葉を聞いていたミズメは、我に返ると慌ててアズサに食ってかかった。

「しっ・・・しかし! アズサ団長は、私のことを団員不適格だと判断されたのではなかったの
ですか!?」

「ろくでなしとは言ったが、役立たずと言った覚えはないはずだが。」

涼しい顔をしてさらりと言ってのけたアズサが、ふっと真面目な顔になる。

「どんな者にも、役に立つ部分は必ずある。今はまだ未熟でも、その能力が花開くのが遅れている者も
おろう。・・・そうした者たちを、私は見捨てたくはない。」
「団長・・・」
「その手助けを、お前に頼みたい。・・・良いではないか。団長の私でさえ、何十年もかかったのだぞ?
それを思えば、何ほどのものがある。」

振り向いたアズサは、ついぞ見せたことのない穏やかな笑みを浮かべていた。その翳りのない
笑顔に、ミズメは思わず顔を赤くしたのだった。

「皆が一流でなくとも良い。“超二流”で、他の者どもの鼻を明かしてやろうではないか。」


はしがき

とある方から不意討ちのファンレターをいただきまして(笑)。その中に「アズサとミズメのコンビが
好きだ」という一文がありました。このシリーズではミズメは完全に日陰(かつ「やられ役」(大笑))の
存在のはずだったのですが、そんな彼に注目してもらえたことが嬉しかったので、その勢いで彼を
主役に据えた話を書いてしまいました。もちろんアズサ様もコンビで登場です(邪笑)。
なお、この話の中でリュネル寒気団の置かれている状況は、ロバート・アスプリンさんの『銀河お騒がせ
中隊』に着想を得ています。数十年に亘って寒気が呼べないような団長では、配下の寒気団自体が
落ち零れの吹き溜まりになるのは当然だと思うわけですが・・・今後それをアズサがどう立て直して
いくのか。これも見ものですね。