Dream of Dreams 1       

Dream of Dreams


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毎晩、明良あきらは夢を見る。
長い長い入院生活。何をするでもなく無駄に過ぎていく毎日の中で、明良の唯一の楽しみとなって
いたのが、持ち込んだノートパソコンでネットゲームに興じることだった。『スカッとゴルフ パンヤ』・・・
ファンタジー世界で繰り広げられる、ゴルフゲームの一種である。そこでは、病室から出ることの
できない脆弱な体も、歩くことさえ困難な衰えた筋力も関係ない。昔のように、自由気ままに“世界”を
飛び回ることができるのだ。


はるか:さてと・・・あたしはそろそろ寝るわ。今日は昼からなんで。
Vits☆star:俺も。いい加減疲れたw
アルテア:はーい。おつかれさまでした。
はるか:それじゃまた、夜にでも。おつかれ〜
Vits☆star:乙
アルテア:ではでは〜


明け方を迎えると、皆はそれぞれの日常へと戻っていく。学校、仕事、家庭・・・その対象は様々
だったが、唯一つ確かなことは、皆には戻るべき「普通の生活」があるということだ。それは、他に
行き場もなく、何を為すこともなく病院のベッドの上で過ごさなければならない自分との大きな違い
だった。

「おはようございます。長岡さん・・・また朝までゲームですか?」
「ええ・・・まあ。」
「眠れないのは分かりますけど、体に悪いですよ。もう少し控えてください。」
「そうですよね。・・・すいません。」

検温と朝食を済ませ、疲れ切って午後まで眠りに落ちる。
言われるまでもなく、こんな生活が体に良くないということは、もちろん明良自身もよく分かっていた。
しかし、実際のところ自分の体を気遣う意味は、もうどこにもないのだった。

『今の状態では、自力での社会復帰は無理です。薬で免疫が抑えられるので、外泊も不可能ですね。
しばらくは我慢していただかないと。』

事務的に医者から告げられた、自分の容態。それはつまり、社会と完全に切り離されるということを
意味していた。
“しばらく”とは、一体いつまでなのか。それを医者に向かって問い詰めることは無意味だった。自分の
持病が基本的に不治の病であり、残された方法が極端に少ないことを、明良自身が既に知っていた
からだ。明良にとって、現実の未来は限りなく黒に近い灰色だったのだ。

「まったくさ。兄貴の学習能力のなさには呆れるよ。」
「・・・・・・。」
「前に一度入院してさ、父さんと母さんに散々言われたろ? 体だけには気を付けろってさ。また
こんな事になって、悪いって思わないのか?」

夕方になると、仕事を終えた弟と母が病室にやってくる。
明良には、二つ違いの隆志という弟がいた。高校卒業後、大学を目指さずに独立する道を選んだ
隆志は、既に家庭を持って順風満帆の人生を歩んでいた。そんな隆志だからなのだろう。なかなか
“独り立ち”できない明良に向けられる言葉は、どれも刺々しいものだった。

「隆志、そこまで言うことないじゃない。明良だって―――――」
「母さんは黙ってろよ。そうやって甘いから、こんなことになったんだろ。・・・もし父さんが生きてたら、
きっと同じことを言っただろうさ。」
「・・・・・・。」
「とにかく。俺たち家族に迷惑をかけるのも、いい加減にしろよな。」

明良を睨み付け、隆志は足音荒く病室を出ていった。
弟の言葉はいちいち正論だった。だからこそ、面と向かって言われるたびに憂鬱になる。

「じゃあ、私も帰るから。何か、明日持ってきて欲しい物はある?」
「ありがとう。・・・別に、特にないよ。」
「そう。・・・あなたの気持ちも分かるけど、ゲームはほどほどにしなさいよ。」
「分かってる。・・・ありがとう。」

腰を上げた母を、明良は笑顔で見送った。その姿が病室から消えた瞬間、その表情がふっと
寂しそうなものに変わる。
明良自身、このままでいいと思っているわけではなかった。入院当初は、再入院を招いた自分への
後悔や自嘲、口うるさい弟への反撥・・・そして既に“老後”に入っている母親に苦労をかけている
ことへの慙愧の念などに苛まれ、眠れない夜を過ごしたこともあった。しかしそれも、入院が長引くに
つれて徐々に薄れ、今では明良が本心を多少なりとも見せるのは、既にゲームの中だけになって
いた。

(・・・・・・)

フッ・・・と、部屋の電気が消える。消灯時間が来たのだ。
しばらくの間、空ろな目で手元のノートパソコンを眺めていた明良は、やがてゆっくりとそれを開き、
電源ボタンを押した。
液晶の画面から溢れ出す、鮮やかな風景。今となっては訪れることも叶わない、南海の珊瑚礁に
桜舞い散る草原、そして一面の雪景色。そこでは、明良は束の間の“自由”を取り戻すことができるの
だった。


アルテア:こんばんは〜
はるか:おお、来たな! 今日こそ勝ってやるから、覚悟しなさい!
アルテア:お・・・お手柔らかにお願いしますw
Vits☆star:おーおー、燃えてるねぇ。若いってうらやましいwww


交わされる会話には、厳しく辛い現実を感じさせるものは何もない。だからこそ、日常生活に疲れた
人々がネットゲームに集い、ひと時の“癒し”を得ようとするのだろう。


アルテア:じゃあ、部屋作りますね。
はるか:応! いつでも来なさい!!


ふっと笑みを浮かべ、明良は手元のマウスをクリックした。
・・・そして、また夢が始まる。


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