Dream of Dreams    2     

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それは、明良が入院してから二年目の夏のことだった。
いつものように、迎えた朝。ノートパソコンを閉じ、すっかり明るくなった窓の外に明良が目を向けた
瞬間・・・突然、病室全体が目も眩む光で満たされた。

(なっ・・・何だ!?)

恐る恐る明良が目を開けると、そこには一人の少女が立っていた。
見たことのない、独特の紋様をあしらった民族衣装。おかっぱに切り揃えられた髪は明るい栗色で、
その下から覗く空色の瞳と好対照をなしていた。
その少女は、自分のことを呆然と見つめていた明良に気付くと、にっこりと微笑んだ。ぺこりとお辞儀を
した弾みに、イヤリングに付けられていた小さな鈴がちりん・・・と鳴る。

「アキラ様、ですね?」
「あ・・・ああ。うん、そうだけど・・・」
「わたくしは、コロスクロノス族のポルカと申します。パンヤ島から、勇者候補としてあなた様をお迎えに
参りました。」
「コロスクロノス族―――――」

その名前には、もちろん覚えがあった。時空を自在に移動できる妖精で、異界の“勇者候補”たちを
パンヤ島へと誘う定めを負っている存在。・・・しかしそれは、あくまでゲームの中の話に過ぎないはず
だった。
しばらくの間、口をぽかんと開けていた明良は、やがてくすりと忍び笑いを漏らした。顔の前で小さく
手を振ると、ポルカと名乗った少女から視線を外す。

「悪いけど、お門違いだよ。」
「はい?」
「君は、パンヤ島を救う勇者の候補を探しにきたんだろう? こんな死に損ない・・・歩くのさえ一苦労な
僕を連れていったって、役に立たないと思うけど。」
「それは、ご自分のご病気のことを仰っていらっしゃるのですね。ご心配はご無用です・・・パンヤ島の
偉大な魔法の力を持ってすれば、あなた様のご病気を治して差し上げることもできるのですよ。」
「何だって? 僕の病気が・・・治る?」

ポルカの何気ない言葉に、弾かれたように顔を上げる明良。食い入るように自分を見つめる明良に
向かって、ポルカは自信あり気に頷いた。

「はい。パンヤにつきましては、こちらにいらして健康になられてから、ゆっくりと学ばれればよろしい
かと存じます。パンヤの才能につきましては、わたくしたちコロスクロノス族は絶対の嗅覚を持って
いるのですよ。」
「・・・・・・。」
「いかがでしょうか、アキラ様。わたくしと共に、パンヤ島に来ていただけますか?」

途中から考える表情になっていた明良は、やがてぽつりとこう言った。

「・・・少し、時間をくれるかな。」
「はい、かしこまりました。いつまでお待ちすればよろしいですか?」
「今日の夜・・・夜になったら、また来てくれる?」
「はい。それでは、また夜に―――――」

にっこりと笑ったポルカが、小さく頭を下げる。次の瞬間、小さな鈴の音だけを残してその姿は病室から
消えていた。再び病室の窓に目を向けた明良は、色鮮やかな夏の景色を眺めながら小さく呟いた。

「この僕が・・・パンヤ島へ・・・?」

単なる創作だと思われていた世界は、こうして実在した。しかも自分は、そこで必要とされているのだと
いう。
こちらの世界に、未練がないわけではなかった。親しい友人に、自分の帰りを待ち侘びてくれている
同僚たち。そして何より、自分には母と弟という、血の繋がった家族がいた。しかし、自らの未来にもう
希望がないこともまた、確かな事実なのだ。
自分はこれから、一体どうしたらいいのだろうか。

「おはようございます、検温の時間ですよ。」
「・・・・・・。」
「・・・長岡さん? どうかされました?」
「・・・ああ、いえ。別に―――――」

物思いに沈んでいた明良は、顔見知りの看護士の声に我に返った。小さく首を振ると、いつものように
ベッドに腰を下ろす。
今日中に、自分は重い決断をしなければならない。そのための猶予は、僅かだった。

(・・・・・・)

検温を済ませ、ベッドに横になる。部屋に届き始めた蝉の声を耳にしながら、明良は程無くして深い
眠りへと落ちていったのだった。


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