六花の誓い 1       

六花の誓い


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その男とアリンが二度目に会ったのは、冬も半ばのある穏やかな一日だった。

「・・・カズさん!」

マガ森北端付近に位置する、当代一の大魔法使いカディエの住居。食材の入った籠を抱え、地下の貯蔵室から出てきたアリンは、ふと見慣れない人影を目にして驚きの声を上げた。
玄関脇の柱に寄りかかるようにして立っていた相手―――――カズとは、かつてキャディであるカディエと共に、パンヤで真剣勝負を演じた間柄だった。
闇のアズテックを手に、何かに憑かれたかのようにパンヤ島をかつての「悪の結界」で覆い尽くそうとしていたカズ。ひょんなことから、そんなカズの挑戦を受ける羽目になった二人は、それを辛うじて阻止することに成功した。
結果的に、パンヤ島を再びの破滅から救うことになったこの戦いのことは、今でも全くと言っていいほど世間には知られていない。そして、戦いに敗れたカズは、どこへともなく黙って姿を消した―――――これが、今から半年前のことになる。
小走りにカズに駆け寄ったアリンが、笑顔でぺこりと頭を下げる。無表情で頷いたカズが、僅かに眼元を和ませた。

「娘よ。・・・久しいな。」
「あのとき以来ですね。・・・今日はこんなところまで、どうされたんですか?」
「明後日から、このホワイトウィズでパンヤ祭の大会が開かれる。私もそれに参加するのだ。」

言いながらカズがポケットから取り出した参加証には、確かに二日後に迫ったパンヤ祭・・・今年の最終戦についての記述があった。

「それで、ふとお前たちのことを思い出してな。一目会えないかと思ったのだ。」
「そうだったんですか・・・。」

考えてみれば、カディエの家はその魔力によって形成された、厳重な“結界”で守られていた。自由に出入りをしているのは主人であるカディエの他には、双子の実妹であるミンティとティッキー、そしてパートナーであるアリンくらい。昵懇にしている魔法使いたちの多くも、カディエの所在・・・その住居については、詳しく知らない者がほとんどなのだ。
そのような状況の中で、自力でカディエの家を探し当てたカズ。それはつまり、このカズがずば抜けた魔法に関する資質の持ち主であることを意味していた。

「ふむ・・・。魔法使いは、留守か?」
「あ、はい。今日は午後から魔導士会の会合があって、帰りは夜遅くになるみたいです。」
「・・・・・・。」

一般に慣れ親しまれている“魔法使い”という呼称は、本来正式なものではない。魔法に携わり、それを学び使いこなす者を正しくは「魔導士」と呼ぶ。その魔導士たちを束ねるのが「魔導士会」と呼ばれる長老たちの集まりで、強大な魔力と魔法に関する深い知識を有するカディエは、その重鎮の一人なのだった。

「あ、あの!」

カディエの不在を知り、踵を返すカズ。その後ろ姿に向かって、少し慌てた様子でアリンが声をかけた。

「あの・・・立ち入ったことをお聞きするようで、申し訳ないんですが・・・。カズさんはこの後、どちらへいらっしゃるご予定なんですか?」
「・・・・・・。大会は明後日だ。それまでは体を休め、大会に備えることにしようと思っているが。」
「あの、そうじゃなくて。・・・泊まる場所は、決まっているんですか?」
「そのようなものはない。・・・何、気にかける必要はない。今までも、ずっとこうして―――――」
「いけません!」

カズの言葉を遮り、アリンがぴしゃりと言った。その瞳には、本気の苛立ちと心配が垣間見える。

「この寒い中、野宿なんて以ての外です! これじゃ、大会に備える以前に凍死してしまいますよ! この時期、夜のマガ森がどのくらい冷えるか、カズさんはご存知なんですか!?」
「しかしな、娘よ―――――」
「アリンです。」

いくらか戸惑いを見せながらも、首を横に振るカズ。そんなカズに向かって一歩近付いたアリンが、相手の瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに言った。

「私の、名前です。差し支えなければ、そう呼んでくれませんか。」
「・・・・・・。」

しばしの間、無言で見つめ合う二人。ややあって、先にその視線を外したのはカズの方だった。小さく溜息をつき、口元に笑みを湛えて頷く。

「・・・分かった、アリン。」
「はい! ・・・さあ、入ってください。今日は、腕によりをかけてご馳走しますからね。」
「ああ。では、厄介になることにしようか。」

こうしてこの日、カディエの家は予期せぬ珍客を迎えることになったのだった。


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