君見しや海を 1       

君見しや海を


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パンヤ島で、年間を通じて開催されるパンヤ祭。そのコースは、季節を追って島中を巡ることができるように、綿密に計画されている。
その中の一つ、セピアウインド大会でのこと。第一ラウンドを終えて戻ってきたクーはこの日、何故かひどい仏頂面だった。

「お疲れ様でしたな、クー殿。」
「ふん。」

差し出されたタオルをひったくるや否や、そっぽを向くクー。その後ろ姿に向かって、キャディであるタンプーがのんびりと声をかけた。

「何やら、大層お腹立ちのご様子。一体、いかがなされましたかな?」
「タンプー。確かに私は、今ひどく機嫌が悪い。・・・私をからかうつもりなら、またの機会にしろ。」
「やれやれ・・・。まだ、あの二番ホールのことを気にされているのですかな?」
「当然だッ! あの、あの池ポチャさえなければ、首位は私のものだったのだぞ・・・ッ!?」

タンプーの何気ない一言に、クーがばっと振り向いた。握り締められた拳、強く噛み締められた唇が、何よりその口惜しさを如実に表している。

「クー殿。試合が既に終わった今、最早詮無きことではありますが・・・ここは敢えて申し上げます。競技に“たら”“れば”は禁物。それは、クー殿もよくご存じのはずです。」
「―――――ッ!」
「まあ、大会は明日以降も続くのです。是非、これを良い薬にされるのが肝要かと。・・・そうですな、やはり私としましては、この機会に高低差に強いスパイクショットの研鑽を―――――」
「ええい、うるさいうるさいッ!」

したり顔のタンプーが、ここまで言ったときだ。肩をわなわなと震わせていたクーが、やおら手にしていたタオルをタンプーに向かって投げ付けた。続いて、目をぱちくりさせたタンプーに向かって、指を突き付けると滔々と捲し立てる。

「そもそも、私はあのスパイクというショットは気に入らんのだ! 何だあの直線的な弾道は! あれではまるで、憎きマシュナ海軍の滑空爆弾か何かのようではないか!」
「クー殿? 弾道と海軍に、何の関係が―――――」
「私は、誇り高い海賊だッ! 海賊の象徴である大砲の弾道は、美しい放物線を描かねばならん! 今ここで、はっきりと言っておくぞ! ・・・私は、今後もトマホーク以外を打つ気はないッ!」
「しかし、先程は無理にトマホークを狙った結果、飛距離が足りずに池に入ってしまったのではありませんか。狙うときの精神的な重圧も考え合わせますと、やはり私としましてはですな―――――」
「えーい、まだ言うかッ! これ以上、聞く耳持たんッ!!」

地団太を踏んだクーが、タンプーの言葉を途中で遮るとその場から不意に駆け出していった。瞬く間に、小さくなっていく後ろ姿。それを半ば呆れた様子で見送っていたタンプーは、ここで小さく溜息をついたのだった。
普段は、ことパンヤに関しては素直なクーだったが、特殊ショットであるトマホークにだけは、何やら他人には理解できない強い拘りがあるらしい。
それならそれで構わない、とタンプーは思っている。これ以上のスコアアップを図るつもりがあるなら、他の特殊ショットを身に付ける必要がある―――――言うべきことは、既に本人にも伝えてあるのだ。そしてクー自身、そのことは頭では理解しているはずだ。後は、本人が自分の中で折り合いを付けるべきことであり、必要以上にタンプーが口を挟むことではない。

(しばらく、頭を冷やして頂きますかな・・・)

小さく肩を竦め、クラブセットの入ったキャリーバッグをタンプーが担ぎ上げたときだ。不意に横合いから、懐かしい声がした。

「あ、いたいた。兄さん!」
「・・・パイロン!」

そこに立っていたのは、タンプーの実弟であるパイロンだった。確か今は、付近の工房の一つで働いていたはずだ。大会初日の興奮冷めやらぬ雑踏の中、予期せぬ再会に兄弟は軽く抱き合った。

「随分と久しぶりだな、パイロン。・・・見違えたぞ。」
「へへ、兄さんこそ。破門されて工房を飛び出したって聞いたときは、どうなるかと思ったけど・・・元気そうで何よりだよ。」
「あれは誤解なんだが・・・まあいい。・・・今日は、大会の観戦か?」
「ああ。僕が勤めてるような弱小の工房には、大会の花形選手のクラブ制作の仕事なんて回ってこないからね。兄さんがキャディとして出るって噂を聞いてさ、みんなで応援にきたんだ。」
「そうなのか。」

タンプーと並び立ち、クーが去っていった方に目をやったパイロンが、ここでニッと笑った。

「兄さんがキャディをやってる子、なかなかやるね。工房のみんな、羨ましがってた。自分たちも、パンヤ祭であんな選手の手助けをしたい、ってさ。」
「うむ、まだまだ成長途中だが将来は非常に有望だ。私も、自分の持てる知識の全てを伝えるつもりだ。・・・いずれは、このパンヤ島を代表する選手になるかも知れん。」
「だろうね。兄さんとなら、きっとできるさ。何せ、今までもずっとそうだったんだからね。・・・ふふ、ちょっと妬けるな。」
「・・・・・・。」

タンプーの言葉に、パイロンが複雑な笑みを浮かべた。
昔から、かなり変わったところのある兄だった。ある日突然家を出たかと思えば、住み込み先の工房での破門騒ぎ。久しぶりに会えば、いつの間にか有力選手のキャディにしっかりと収まっている。・・・幼い頃から始終振り回され、今もまた至極真っ当に毎日を暮らしている弟からしてみれば、そんな自由気ままな兄に嫌みの一つも言いたくなったのは、けだし当然だったのかも知れない。しかし、そんな弟の複雑な心境を知ってか知らずか、当のタンプーは涼しい顔のままだ。


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