君見しや海を        4 

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翌日のセピアウインドも、朝から快晴に恵まれた。第二ラウンドの開始された午後からは強かった風も収まり、このコースとしては珍しい穏やかなコンディションとなった。
因縁の二番ホール。そのティーグラウンドにやってきたクーは、不意にその場に立ち止まると、周囲のギャラリーに向き直った。両手を口に当て、大声でその名を呼ぶ。

「おーい! ポコー! 来てるかー!」

突然の選手からの呼びかけに、ギャラリーが大きくざわめく。その様子には頓着せず、クーは続けて大声を張り上げた。

「今から、お前に海を見せてやる! 昨日話した、海だ!!」

呆気に取られる同組の選手たちを尻目に、ティーグラウンドへと戻ったクーは、キャディバッグから『スクリーナセット』の一番ウッドを取り出した。カップから遥かな天空へと続く一筋のビームを正面に見据え、傍らのタンプーに向かって左手を差し出す。

「タンプー!」
「どうぞ。」

手渡された神経安定剤を口に放り込み、地に伏せるような低い姿勢をとるクー。
固唾を呑むギャラリー、見守る同組の選手たち。その場の緊張が頂点に達しようとしたとき、不意にその影が大きく動いた。

「行っくぞおおおぉぉぉ!!!」

ダブルパワーで繰り出された、渾身の一撃。それは見事に成功し、虚空に打ち出されたアズテックが、美しい放物線を描いてグリーンの方向へと飛んでいく。

「どうだ!?」

その場にがばっと身を起こしたクーが、アズテックの行方を真剣な面持ちで見つめる。
スクリーナセットは、見事にその効果を発揮していた。弾道上で発火が起こるたびに、確かに周囲には美しい海の風物が散見されたのだ。しかしそれも僅か十数秒、最終的にアズテックがグリーン前の池に吸い込まれてしまうまでの短い間だった。

『おお・・・!』

ややあって、ギャラリーから散発的などよめきが上がる。しかしそれも、最終的に池に入ってしまったことで、どこか気の抜けた弱々しい反応になってしまっている。

「・・・またしても、池ポチャですか。思ったより、見栄えはしましたが・・・」
「仕方なかろう。このクラブで、きちんとトマホークを打てただけでも良しとしなければな。」
「そうですな。やはりここは、打ったクー殿を褒めるべきでしょうな。」
「まあいい。これで、一応の約束は―――――」

肩を竦めたタンプーに向かって、諦め顔のクーが溜息をつく。アズテックの飛び込んだ池の水面が大きく弾けたのは、まさにこの瞬間だった。
高々と舞い上がった水の壁が、まるで大きなスクリーンようにその場に静止する。映し出された光景は、そのどれもがクーが物心付いてから過ごしてきた、豊かな海の世界そのものだった。

真昼の陽光を眩しく反射する、濃紺の海原。
舞い飛ぶ海鳥たち、彼方に湧き上がる入道雲。
嵐に逆巻き、砕けていく白い波濤。波間に煌く雷。
エメラルド色の珊瑚礁、戯れる色鮮やかな熱帯の魚たち。
群れをなして飛び跳ねるペンタシュターの大群、勢い良く潮を噴き上げるクジラの親子。
そして、水平線に沈んでいく真っ赤な夕日と、それを背景にした一隻の船。・・・言うまでもなくクーの“生家”であるルナーテューム号の姿である。

(・・・・・・)

時間にして、およそ二分かそこらだっただろうか。
すっかり言葉を失っていたギャラリーの間から、万雷の拍手と喝采が沸き起こったのはこのときだった。
いつの間に現れたのか、ギャラリーの最前列には車椅子に乗ったポコがいた。隣に立つパイロン共々、クーに向かって大きく手を振っている。・・・その頬が濡れているように見えたのは、遠目の気のせいだっただろうか。

「おねえちゃーん! ありがとーう!!」
「ポコ! いつか、体を治して海に来い! 私の船に乗せてやる!!」
「絶対! 絶対だよー!!」
「ああ、約束だ! 待ってるからな!!」

クラブを大きく振ったクーが、弾けるような笑顔でポコに応える。その間も、大きな拍手と歓声が鳴り止むことはなかった。


はしがき

僕の中ではすっかり「公式パートナー」としての位置付けに収まっている、クーとタンプーのコンビの活躍を描いた話です。重たい過去のエピソードが大好きな僕には珍しく、そういった「伏線」が少ないごく普通の話になっています(笑)。
この話ができたのは早く、もしかすると初期に発表した『みちびき』や『青月夜』あたりが書き上がった頃には、既に骨格が出来上がっていたかも知れません。それがここまでずれ込んだのは、ひとえにこのボリュームのせいですね。

作中に登場させたクラブセットである『スクリーナセット』は“screener set”で、その名の通り様々な画像をショット時に発生させられるという代物です。ゲーム内ではアズテックにある程度そうした効果が備わっていますが、それを大幅に強化したものと考えていただければ近いです(もしかしたら「カットイン」に近いのかも・・・なんて一瞬思いました(笑))。

BGM:『Twin Memories』(國府田マリ子)