君見しや海を      3   

 −3−

タンプーがクーを連れていったのは、何の変哲もない一軒の工房だった。ずかずかとその中に上がり込みながら、タンプーが大声で呼びかける。

「御師匠! ティタンチャム御師匠、いらっしゃいますか。お邪魔いたしますぞ!」

ややあって、工房の奥から顔を覗かせたのは、壮年と思しき一人のティタン族だった。小さな丸眼鏡を鼻の上に乗せ、片手には作業に使っていたと思しきハンマーを握り締めている。

「何じゃ、騒々しい! 断りも無しに人の工房に勝手に入って来おってからに!」
「これは御師匠、長の無沙汰を致しております。」
「ふん、誰かと思えばお前か、タンプー! この不良弟子めが、ふらふらとその辺を遊び呆けおってからに! ・・・大体、お前は破門の身じゃろうが! 今更、どの面下げて顔を出しおった!」

礼儀正しく床に手をつきながら頭を下げたタンプーを、ティタンチャムと呼ばれた相手が容赦なく殴り付ける。元来とびきりの巨躯である、ティタン族同士の殴り合いは実に豪快だ。

「プー! これは、大層な御挨拶ですな御師匠。“破門”の件ついては、この工房を出る際にきちんとご理解を頂いたはず。それに私は決して、御師匠の仰るように日夜遊び呆けている訳ではありませんぞ。自らの理想とするクラブセット制作のために、強力なパートナーを得、日夜その目的の為に協力を頂いているところなのです。」
「パートナー? まさか、このちまっこい嬢ちゃんのことか?」

タンプーの言葉に、訝し気な表情になったティタンチャムが傍らのクーの方を振り向いた。憮然とした表情のクーが、不承不承といった様子でその手を差し出す。

「クー・ブランディルだ、タンプーの師匠よ。・・・くれぐれも言っておくが、私は決して“ちまっこい嬢ちゃん”ではない。以後、気を付けてもらいたい。」
「ふむ、クーと言えば確か・・・今日の大会でも三位になったって選手じゃな。こりゃ失敬、“ちまっこい”は取り消そう。ワシはティタンチャム、このウドの大木にクラブ作りの全てを教えたもんじゃ。」
「タンプーは優秀なキャディだ。さっきから聞いていれば、不良弟子だのウドの大木だのと・・・これ以上タンプーのことを悪く言うようだと、いくら師匠であろうと私が黙ってはおらんぞ。」
「・・・がっはっは! 威勢のいい嬢ちゃんじゃな! その気の強さ、気に入ったわい!」
「ぐはっ!」

腰に手を当てたクーに正面から睨み付けられ、ここでティタンチャムが破顔した。発止とその膝を打つと、大仰にクーの背中をどやし付ける。どうやら、一時の腹立ちが治まるとそれを綺麗さっぱり忘れてしまう、外見通りの竹を割ったような職人気質の持ち主らしい。

「それでな、タンプー。最初の話に戻るんじゃが・・・今日はまた、どうしてウチに来た?」
「はい。折り入って、御師匠の秘蔵のコレクションを拝借仕ろうと思いましてな。」
「コレクション? あの、未完成品の山のことか?」
「はい。確かあの中に、画像を映し出すことができるクラブとアズテックのセットがありましたろう。一時期、師匠がかなり力を入れていらしたことを、良く覚えておりますぞ。」
「ふむ。確かにそんな時期もあった。・・・しかしな、タンプー。時代はボイスクラブ全盛じゃ。巷じゃ、猫も杓子もボイスクラブの制作に血道を挙げとる。そんな中、時代遅れのクラブセットを掘り起こしたところで、一体誰がそれを使ってくれると言うんじゃ?」
「愚問ですな師匠。我が最強のパートナー殿を前にして。」
「ふむ、この嬢ちゃんか。確かに、実力に不足は無いんじゃろうが・・・しかしなあ、タンプーよ。あのクラブセットの使い心地は、決して褒められたもんじゃなかった。ワシもな、出来る限りの改良はしてみたが・・・どうにも評判が悪くていかん。そんな物が、本当に役に立つんかの?」
「はい、御師匠の御懸念はごもっとも。しかし、論より証拠とも申しますぞ御師匠。まずは一度、試してみなければ。」
「・・・そうじゃな。良かろう! 他でもない、嬢ちゃんのためじゃ。しばらく待っておれ。」

やがて、ティタンチャムによって工房の奥から持ち出されてきたクラブセットは、一風変わった格好をしていた。幾分古めかしいデザインのそれは、クラブのヘッドが一様に丸みを帯びた三角形をしているのが最大の特徴であり、全体は赤と明るいオレンジ、そしてグレーを基調にした色合いで塗装されている。シャフトに走る数本の黒いラインが目を惹くが、それがクラブ全体にどことない“凄み”を与えている感じがする。

「これが、ワシの若かりし頃の“趣味”の結晶、『スクリーナセット』じゃ。・・・どうじゃな、嬢ちゃん。使いこなせそうかね?」

アズテックの入った大きな籠を傍らに置きながら、ティタンチャムが尋ねる。早速といった様子で一番ウッドと思しきクラブに手を伸ばしたクーが、思案気な顔になった。

「確かに、これは難しそうだ。重量もかなりのものだし、第一重心の安定がひどく悪い。たとえこの重さに慣れることができても、正確なショットは至難の業だろうな。」
「ほう・・・構えただけで、それが分かるのか。流石じゃな。」
「だから言いましたろう、御師匠。我がパートナーは最強だと。」

もっともらしく頷き合う師弟。苛立たし気な表情になったクーが、二人の前にどすんと腰を下ろした。

「おいタンプー、この期に及んでふざけている場合か。・・・それで、師匠よ。肝心なことを、まだ聞いていないぞ。このクラブセットで、どうすれば画像を映し出すことができるのか、説明してもらおうか。」
「ああ、そうじゃったな。これを見んさい、嬢ちゃん。」

言いながらティタンチャムが籠から取り出したのは、クーには見たことのないアズテックだった。透き通ったその中心部分には、赤でも黄でも緑でもなく、またそのどれでもあるような不思議な色合いの粉末が収められている。

「見ての通り、このアズテックは骨格部分を除いて透明な材質で作ってある。中心には“輝銘石”と呼ばれる、特殊な鉱石から作った粉末が封じてあってな。そのクラブセットでトマホークを打つことで、中身の粒子が高温の炎と反応して、その弾道に沿って画像を映し出すことができるという仕組みじゃ。・・・高温が持続することが鍵じゃでな、トマホーク以外のショットではいかん。」
「トマホーク、か・・・。・・・その画像は、一体どこから―――――」
「何、心配は要らん。打者がアズテックに込める強い想い・・・それに比例し、映し出される画像はより大きく、より鮮やかになると言われておるんじゃ。」
「“言われておる?” 御師匠よ、確かめた訳ではないのですかな?」
「うるさいのう。これを作るときに協力してくれた魔法使いがな、そう言っていたんじゃ。理論上はこれで、上手く行くはずなんじゃが・・・そこまでこのクラブセットを使いこなしてくれた相手は、未だおらんでな。」

苦笑いしたティタンチャムが、傍らのクーの方へと向き直った。そして、その真剣な横顔を覗き込むようにして言う。

「つまりは、ごく簡単な話じゃ。ただ、嬢ちゃんの思いの丈を込めて、無心でトマホークを打てばええ。」
「思いの、丈・・・。」
「そうじゃ。難しいことは何もない。」

顔を上げたクーに向かって、微笑んだティタンチャムが頷く。
しばらくの間、渡されたアズテックを握り締めていたクーが、ここで不意に立ち上がった。ティタンチャムに会釈をすると、その横に座っていたタンプーに向かって小さく顎をしゃくる。

「感謝する、師匠よ。これは、ありがたく使わせてもらうぞ。」
「おう、持っていくがええ。終わったら、結果を報告に来るんじゃぞ?」
「もちろんだ。・・・行くぞ、タンプー。時間が惜しい。」
「はい。」

続いて籠を手にしたタンプーが、ティタンチャムに向かって床に手をつくと、律儀に頭を下げた。

「御師匠、大変邪魔を致しました。突然の訪問にも拘わらず、快く我々の願いを聞き届けて下さり、大いに感謝しておる次第です。」
「おう、気にするな。くれぐれも、しっかりやるんじゃぞ。」
「はい。では、これにて―――――」
「タンプー。」

立ち上がりかけたタンプーに向かって、ティタンチャムが幾分改まった様子で声をかけた。その視線は、先程クーに向けた柔和なものとは異なり、生粋の職人としての鋭さを感じさせるものだった。

「お前には、才能がある。こんな、片田舎の工房で埋もれさせるには、あまりに惜しい。・・・そう思ってワシは、一旦はお前を破門にした。」
「はい。」
「あの嬢ちゃんも、途方もない力を秘めておる。間違いなく、お前の能力を最大限に引き出してくれるはずじゃ。・・・決して、手を抜くでないぞ。それがお前の悪い癖じゃ。そして―――――」
「御師匠?」

ここで言葉を切ったティタンチャムが、ふっと穏やかな笑みを浮かべた。小さく首を傾げたタンプーに向かって、ゆっくりと頷いてみせる。

「ひと段落したら、必ず戻って来い。・・・その時こそ、ワシは引退してこの工房をお前に譲ることにする。」
「師匠・・・。・・・はい、必ずや。」
「うむ。待っておるぞ。」

再び頭を下げ、クーを追って工房を出ていくタンプー。その後ろ姿を見送るティタンチャムの横顔は、晴々としたものだった。


君見しや海を(4)へ