Dandelion Hill  1       

Dandelion Hill


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「どうしてこの子は、こんな性格に生まれてしまったのだ!」

憤る父。

「上の二人は優秀なのに・・・困ったわね。」

嘆く母。

「もっとしっかりしてくれよ! オレたちまで白い目で見られるじゃねえか!」
「あれじゃ、出来損ないと言われても仕方ないわね。」

里の皆の視線は、いつも冷たかった。それは、血を分けた兄姉も例外ではなかった。

「族長の娘って言うけど・・・本当なのかしら?」
「火竜のくせに・・・」
「火竜なのに・・・」

(やめて・・・もうやめて! わたし・・・どこも悪くないもん!)

耳を塞いだ女の子は、その場にうずくまった―――――


  *


――――――――――ごつん。

「あっ、痛・・・」

火竜のテラは、額を机にぶつけた弾みに思わず声を上げた。
見れば、両手はしっかりと机の上に立てた教科書を握り締めたまま。・・・ここのところの夜更かしが
祟って、とうとう居眠りをしてしまったらしい。

「テラ君。最前列で居眠りとは・・・なかなか度胸があるな。」
「あ・・・あの、すみません。」
「全く、近頃の学生と来たら・・・」

教室中から失笑が起こる。真っ赤になったテラに向かって、教官が小言を始めようとしたそのとき・・・
運良く午前の講義の終了を知らせる鐘が鳴り響いた。

「では、今日はここまで。次回の講義までに、この章の演習問題を全てこなしておくこと。」

えー、という木竜兄妹のブーイングを他所に、教官は涼しい顔で教室を出ていった。この算術の
講義は、数ある講義の中でも最も課題の量の多いものの一つである。

(イヤな夢、見ちゃったな・・・)

「テーラ。お昼行こ!」
「う・・・うん。・・・ちょっと待って。」

寝惚け眼をこすっていたテラは、水竜のルクレティアに促されて慌てて机の上を片付け始めた。傍ら
には、地竜のジークリートがそっぽを向いて立っている。
現在、この王立竜術学院の五年生は七人。木竜の二人と暗竜のロアはいつも弁当持参であり、この
日は午前の講義に顔を出していなかった光竜のフィリックを含めた四人は、こうして連れ立って昼食に
出かけるのが日課になっていた。
階段を降り、講堂の外に出る。初夏の爽やかな風の中、三人は建物の北東にある食堂に向かった。

「それにしてもテラ・・・君が居眠りをするなど、珍しいな。」
「そ・・・そう、かな?」
「ああ。もしかして、最近よく眠れていないのではないか? 心配事があるのなら・・・」
「ううん、そうじゃないんだけど・・・。」

何となく煮え切らないテラの恥ずかしそうな様子に、水竜であるルクレティアはピンと来たらしい。テラを
挟んで反対側を歩いていたジークリートに向かって、肩を竦めてみせる。

「もう、ジークったら野暮ねえ。もうじき、リカルドの誕生日じゃないの。・・・テラの夜更かしの理由
なんて、訊かなくても分かるでしょう?」
「ああ、誕生日か・・・。」

ルクレティアの言葉を反芻するように口にしたジークリートは、ふっと遠い目をした。・・・恐らくそれは、
彼の竜術士が他に類を見ない破天荒な性格の持ち主だからだろう。きっと、誕生日の度に何や
かんやと苦労を重ねているに違いない。

「まぁ、それにテラは算術苦手だもんね。実は、あの先生は私もちょっと苦手だし。」
「あ・・・あはは。」

いたずらっぽい表情になったルクレティアにこう言われ、苦笑いを浮かべたテラはその場を笑って
ごまかすことにしたのだった。
講堂の角を曲がると、学院内一の大きな通りに出る。食堂を初め、売店や診療所など、学院内の主な
施設は全て、学院を東西に貫いているこの通り沿いに配置されている。
見事なケヤキの並木の中を三人は歩く。・・・やがて、誰にともなくテラが口を開いた。

「あのね、二人とも・・・。」
「何?」
「毎日わたしに付き合ってくれてうれしいんだけど・・・二人とも、無理してない? ジークはもちろん
お弁当なんて簡単に作れるだろうし、ティアだってクレオさんがいるでしょう? ・・・別にわたしに付き
合って、食堂で食べなくたって・・・」

テラのこの言葉に、ルクレティアとジークリートはしばしの間顔を見合わせ・・・そしてどちらからともなく
“やれやれ”と肩を竦めた。不思議そうな顔をしているテラに向かって、ルクレティアが微笑みながら
言う。

「それはもちろんそうよ。最近はなくなったけど、ちょっと前はクレオったら・・・お弁当を作らせてくれって
うるさいくらいだったわ。」
「だったら・・・」
「食事は大勢でした方が楽しいに決まっている。そうだろう?」

ここで、“もちろん”というテラの言葉に苦笑いしていたジークリートが真面目な顔で口を挟んだ。ぽん、
と頭をジークリートに叩かれたテラは、こうして幸せそうな笑顔を浮かべたのだった。

「うん。そうだよね。・・・ありがと。」


  *


食堂に着いた三人は、入り口に積み上げられていたトレイを一枚ずつ手にすると、料理の種類毎に
分けられた窓口の前に並んだ。
食堂・・・といっても、ここは通常の大学にあるような「学食」とは違う。現役の学生よりも研究者が
圧倒的に多いこともあって、その要望を満たすために食事の質はかなりの高レベルなのである。
もちろん、学費を含め全ては国の補助で賄われているため、費用をその場で払う必要もない。単に
食べたいものを言うだけでいいのだ。
この日三人が選んだのは、それぞれテラがオムライス、ルクレティアが茸のパスタ、そしてジークリート
がハンバーグのプレート(定食)だった。・・・どうやら、食べるものには各種族の特性も影響している
ようである。

「・・・ジーク、どうしたの?」

一足先に出されたオムライスをトレイに載せたテラは、ジークリートが腕組みをして唸り声を上げて
いるのを見付け、・・・釣られて彼の視線の先に目をやった。
ジークリートが食い入るように見つめていた張り紙には、

“パン1個とミカン1個を交換できます”

とあった。
通常のプレートには、バターロール二個が付けられている。ヘルシー志向の利用者のために、ごく最近
導入された制度だった。

「それで・・・結局、どうするんですか?」
「う・・・うむ。そうだな・・・」

生唾を飲み込んだジークリートが職員に向かって答える前に、一足遅れてやって来たルクレティアが
すかさず無情な突っ込みを入れる。

「あーダメダメ。ジークは果物からっきしの苦手なんだから・・・ミカンなんて食べさせたら、ジンマシンの
一つも出しかねないわよ。」
「え・・・あ、いや・・・」
「そうですか。それじゃ、ミカンは無しですね。」

あっさりと頷いた職員は、用意していたミカンを引っ込めた。そちらに向かって手を伸ばした格好のまま
固まったジークリートは、ややあってがっくりとうなだれた。きっと、心の中では号泣しているに違い
ない・・・そこへ、笑顔のルクレティアが知ってか知らずか追い討ちをかける。

「危なかったわね、ジーク。」
「あ・・・う・・・くっ!!」

ジークリートの無類の果物好きを知っている数少ない一人であるテラは、ジークリートの無念さが痛い
ほど分かった。しかしここは学院の中であり、多くの人目もある。ここでミカン一個に拘って騒ぎ立て
れば、どこから“あの二人”にこのことが伝わるか分からない。・・・結局、諦めざるを得ないのだ。

(ジーク・・・ご愁傷様)

こうしてテラは、哀れなジークリートの肩を無言で叩いたのだった。


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