Dandelion Hill
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少女は、学院を見下ろす丘に立っていた。
一陣の風が辺りを吹き抜け、飛ばされそうになった帽子を右手で軽く押さえる。
そこかしこに群生しているタンポポの綿毛が、風と共に舞い上がった。
それを見送る少女の瞳には、決然たる意思の輝きがあった。
(・・・・・・)
ある日、家に戻ると・・・自分の竜術士が姿を消していた。
どこを探しても見当たらない。残されていたのは、彼の故郷のものだという・・・風変わりな帽子が一つ。
それだけだった。
まだ満足に空を飛ぶこともできない子竜の身で、それでも女の子は懸命に辺りを探し回った。
いつもなら進んで手助けをしてくれる周囲の大人たちも、このときばかりは冷淡だった。
女の子を避けるだけでなく、訊いても何も教えてくれないのだった。
何かある。幼心にも、それははっきりと分かった。
しかし、どうすることもできない。知識も、力もない。
・・・どうすればいいのかすら、分からなかった。
しかし、今は違う。
あのとき欲しかった、力。
心を殺し、血を吐くような日々を過ごした今・・・それは自らの手の中にある。
そうだ。これは、彼を探し出すための第一歩なのだ。
(・・・行こう)
ボロボロになった小さな日記帳をそっと握り締めると、少女は学院に向かって歩き出した。
*
「おっはようございまーす!」
底抜けに明るい声に、一限の講義を受けるために集まっていた一堂は、教室の入り口の方を一斉に
振り向いた。
そこに立っていたのは、小柄な少女だった。それまでクラスで一番小柄だったテラよりも半リンクは背が
低いだろうか。銀のショートカットの髪に、コーセルテルでは見慣れないデザインの藍色の帽子。瞳は
凶眼であり、髪の色と相まって彼女が風竜であることを示していた。
その服装が学院の制服でないことを見て取ったテラが、素早く相手に声をかける。
「あ、もしかしてあなたが転入生の方?」
「はい! 風竜の、シゼリアと言います!」
にっこりした相手は、テラが差し出した手を両手で握り締めた。連られてテラも笑顔になる。
「そうですか。王立竜術学院へようこそ。わたしが五年生の級長、火竜のテラです。」
「テラさん。これから、よろしくお願いします!」
「こ、こちらこそ・・・。」
シゼリアと名乗った風竜は、風竜らしく活発な様子で勢揃いしていたクラスメートたちと挨拶を交わして
いった。もちろん、いつも通りジークリートは仏頂面であり、ロアはただ頷いただけ。木竜の二人は
歓迎の“邪笑”を浮かべていたが、それを意に介する様子もない。思わず感心してしまうテラであった。
一通りの挨拶が済むと、シゼリアはテラに向き直った。
「あの、テラさん。良かったら、学院の中を案内してくれませんか? あたし、こちらに来たばかりで・・・
まだ中のことがよく分からないんです。」
「ええと・・・今からですか?」
一限の講義が始まるまで、もう十分もない。講義までに学院内を案内するなんて、とても無理である。
戸惑いを隠せない様子のテラに向かって、シゼリアは「どう?」と首を傾げた。ここで、隣で何かを言い
かけたジークリートを制して、ルクレティアが助け舟を出した。
「大丈夫よ、一限の教授には私が説明しておくから。これも級長の役目だろうし・・・ゆっくり案内して
来たらいいわ。」
「そう? ありがと・・・じゃ、お願い。」
「任せといて。」
「シゼリアさん・・・でしたっけ。行きましょうか。」
「はい!」
ルクレティアに対してにこっと笑ったテラは、こうしてシゼリアを促して教室を出ていった。
「・・・・・・。」
憮然とした表情で二人の後姿を見送っていたジークリートの脇腹を、ルクレティアが小突く。
「何て顔してるのよ。もう、やきもち焼きはいい加減にしなさいよ。」
「やきもちだと? 私はただ・・・」
「もう! あなたとテラが小さい頃から一緒に育ったってのは知ってるわよ。でも、あの子はあの子・・・
そろそろ“兄離れ”しないといけないんじゃないの?」
「あっ・・・兄離れ?」
図星を刺されてうろたえるジークリートに向かって、ルクレティアは片目をつぶって見せた。
「どうしても気がすまないっていうんなら、戻ってきたときに、一緒に教授のお小言を食らってあげたら
いいじゃない。」
「ふ・・・ふん!」
(もう・・・素直じゃないんだから!)
赤くなり、自らの机の方へと足早に去っていくジークリート。その後姿を眺めながら、ルクレティアは
くすっと笑ったのだった。
(色々大変ね・・・お兄ちゃん!)