Dandelion Hill        4 

 −4−

太陽が高く昇るに連れて、風が出てきたようだ。
学院内をくまなく案内したテラが最後にシゼリアを連れてきたのは、学院を見下ろす小高い丘の上
だった。目線を上げると、学院越しに湖・・・そして、彼方にはクランガ山が聳えているのが見える。
この鳥瞰図のような眺めを前に、一通りコーセルテルの主要部分の説明が済むと、二人はどちらから
ともなく斜面に腰を下ろした。
吹き抜ける風に、そこかしこに群生するタンポポの綿毛が乗り、遠くへと運ばれていく。その様子を
眺めていたシゼリアは、振り返るとテラに声をかけた。

「来るときにも見たんだけど・・・ここは、タンポポが多いんだね。」
「え? あ、うん。学院の別名は『ダンデライオン・ヒル(タンポポの丘)』って言うの・・・ほら、校章にも
取り入れられているでしょう?」
「あ、本当だ。」

手渡された制服の帽子に目をやり、シゼリアは頷いた。

「テラさん・・・」
「テラ、でいいですよ。」
「そう? じゃ、テラ。」

にこっと笑ったシゼリアは、帽子をテラに返しながらこんなことを言った。

「あなたって・・・本当に火竜らしくないんだね。」
「え・・・」

“火竜らしくない”と言われ、蔑まれ続けた遠い日々。リカルドに出会い、やっと前向きになれたとは
言え・・・その頃のことは、今でも心の奥に消えない傷として残っている。
すっと表情を翳らせたテラの様子に、シゼリアはちょっと自らの帽子に手をやった。

「あ、気にしてた? ごめんね。」
「・・・・・・。」
「もう、そんな顔しないでよ。もちろん、いい意味で言ったんだからね。」
「え?」

シゼリアの思いがけない言葉に、膝を抱えて俯いていたテラは顔を上げた。
いつの間にか丘に寝転んでいたシゼリアは、仰向けになったままいたずらっぽそうな表情を浮かべ、
テラを見上げていた。

「火竜って・・・気が荒いって言われてるじゃない? 最初はね、火竜のあなたが級長って聞いてびっくり
したんだ。でも・・・どうしてか分かったような気がする。」
「・・・?」
「こんな火竜もいるんだ・・・と思ったら、なんかうれしくなっちゃって・・・」

(嬉しくなった・・・?)

黙り込む二人。しばらくして、再びシゼリアが口を開く。

「ねえテラ。あたしがここに転入することになった理由、何か聞いてる?」
「え? ううん、別に何も・・・。」
「そっか。」

しばらくの間、ちょっと逡巡するような様子を見せていたシゼリアは・・・やがて、目線を遥か彼方の空に
向けると、意を決したように自らの生い立ちについて語り始めた。

「実はね。あたしも・・・昔から、“風竜らしくない”って言われて育ったの。」
「え? ・・・とてもそうは見えないけど。」
「本当よ。ほら、風竜はみんな活発で・・・って印象があるでしょ?」

頷いたテラに向かって、シゼリアは言葉を続ける。視線は空に向けられたままだ。

「あたしは・・・小さい頃は、すごい引っ込み思案だったの。別に、族長の娘だとか、そういった立場じゃ
なかったから・・・特に期待もされてなかったけど、やっぱり周りからは色々と言われたの。」
「・・・辛くなかった?」

そっと尋ねるテラ。シゼリアはにっこりと笑うと、小さく首を振った。

「ううん。あたしには、大好きな竜術士がいたから。・・・カスクって言ってね、面白い人だったよ。」

(“だった”・・・?)

訝しげな表情を浮かべたテラに向かって、シゼリアは頷いた。

「うん。ある日・・・いなくなっちゃったの。何も言わずにね・・・。」
「そんな・・・。」
「・・・何で、こんなことまで話しちゃうのかな。やっぱり、テラが・・・あたしと同じような立場にいるから
なのかな。」

(そんな・・・わたしには、リカルドがいるけど! でも・・・)

もし、リカルドがいなかったら。あるいは、彼がある日突然姿を消してしまったら。・・・そう考えるだけで、
テラは心が締め付けられるような感じに襲われた。
とても、想像できない。そして・・・もしそんなことがあったら、自分も全てを擲って後を追うだろう。

「ほらほら、そんな泣きそうな顔しないでよ。こっちが困っちゃう・・・」
「ご・・・ごめんなさい。」

自らの振った話題で、テラが泣きそうになったことに驚いたのか・・・シゼリアは困ったような顔で
笑った。慌てて笑顔を作ったテラは、話の続きを促した。

「それで・・・その、カスクさんは?」
「必死に探したよ。でも、誰も・・・何も教えてくれなかった。・・・里の外に追放されたって聞いたのは、
ずいぶん経ってからだった。」
「・・・・・・。」
「どうしても、里から出て・・・外の世界に探しに行きたかった。でも、それにはそれなりの資格がないと
ダメだから。」
「・・・資格?」
「うん。里から出るには、優秀だって認めてもらわないと・・・だから、それからは必死に勉強したんだ。
それまでは、術の練習もほとんどしてなかったから・・・大変だったよ。」

苦笑したシゼリアは、両手を頭の下で組むと再び空を眺めた。
・・・この同じ空の下のどこかに、シゼリアの竜術士もいるのだろうか。

「風竜らしくない・・・って言われてた性格も、頑張ってそれらしく見えるようにしたんだ。今じゃ、すっかり
板についちゃったけど・・・。」
「それで、今になってここに・・・コーセルテルに来たのね。」
「うん。・・・この学院を卒業できれば、希望通りの仕事に就けるじゃない。あたしは監察官になって・・・
堂々と世界を巡るんだ。あの人を見つけるまで・・・!」

ここで、握り締めた拳を空に向かって突き上げたシゼリアは・・・しばらくしてその手を下ろすと、寂し
そうに呟いた。

「カスク・・・あたしのこと、分かってくれるかな・・・。・・・もう、すっかり変わっちゃったし・・・」
「分かる。・・・分かってくれる!」
「テラ・・・?」

思わず、テラは大きな声を出していた。
竜術士が、自分の預かった子竜を忘れるはずがない。どんなに時間が経って、姿形が変わったと
しても。・・・そう信じたかった。

「絶対、シーザだってすぐに分かってくれるよ・・・!」
「え・・・?」
「あ、ごめんなさい。思わず・・・」

知らずに相手のことを愛称で呼んでしまい、テラは思わず口を押さえた。驚いて身を起こした
シゼリアは、しばらくすると俯き、呟いた。

「・・・久しぶりに聞いた、その呼び方。・・・あの人だけだったの、あたしのことをそう呼んでくれたのは
・・・。」
「シーザ・・・。」
「これからは!」

顔を上げたシゼリアは、満面の笑顔だった。

「みんなも、あたしのことはそう呼んでくれるとうれしいな!」
「ええ、もちろん!」

笑顔で答えるテラ。
これが、テラたち同期生八人が勢揃いした瞬間だった。


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