Dandelion Hill    2     

 −2−

「おーい、こっちこっち!」

こうして料理を受け取り、座る場所を探して辺りを眺めていた三人に向かって、少し離れたところから
声がかけられた。
声の主は光竜のフィリック。箸を握った右手を大きく振っている。

「あらフィリック・・・あなたも好きね。豆腐・・・って言ったっけ? ここに来ると、必ずそれを食べてる
じゃない。」
「そうさ。やっぱり、これがないと始まらないね!」

ルクレティアの言葉に、フィリックは胸を張ってみせた。
竜術士の出身は、基本的に北大陸各地に及ぶ。当然、出身地毎に食文化も大きく異なるため、結果と
してこの食堂には世界各地の料理が揃うことになる。
フィリックの竜術士ジラルドは、サワン海に面した小国イゼルニアの出身だった。この国は、海産物を
中心とした独特の食文化を持っており、特に大豆を加工した種々の食材が有名だった。幼い頃から
ジラルドの作るイゼルニア料理を食べて育ったフィリックは、すっかり“イゼルニア風”の食文化に
慣れてしまっているのだった。
テーブルの上にトレイを置いたジークリートは、午前の講義を「サボった」光竜に向かって渋い顔を
した。

「お前、午前の講義にはいなかったな。見たところ病気という訳でもないようだが・・・何をしていた?」
「え? あー、今日は精霊学と算術だろ? あんなもん、教科書があれば一人だって勉強できるさ。」
「しかしだな。お前、また単位が危ないんだろう? 講義にはちゃんと出ていた方が良いと思うが・・・」
「平気平気。試験前に頑張れば、なんとかなるって。」

フィリックは、「好きなものにはとことん打ち込むが、嫌いなものには見向きもしない」という、光竜の
(悪い)特性を色濃く反映させた性格の持ち主だった。その成績表は「優」と「不可」のみで構成され、
・・・結果的に毎年進学できるかの瀬戸際に立たされてきている。だが、本人にその自覚がないため、
この傾向は一向に改まる気配がなかった。
ちなみに、ジークリートの成績表は見事に「優」で埋め尽くされている。テラのそれは「優」・「良」・「可」が
バランスよく並び、ルクレティアは全体的にそれより良い成績・・・といったところである。

「あ、お兄ちゃん!」

自身の忠告をどこ吹く風と聞き流しているフィリックに向かって、尚もジークリートが言い募ろうとした
とき・・・不意に横合いからありそうもない呼びかけをされる。訝しげな顔でそちらを振り向いたジーク
リートだったが、声の主を認めた瞬間その目はたちまち点になった。

地竜アトレーシア(崎沢彼方さん画)

地竜アトレーシア。ジークリートの実の妹であり、今年この学院に入学したばかりの一年生である。兄と
正反対のその非常におっとりした性格は、周囲をして「学院七不思議のひとつ」と言わしめている。

「アトリ! お前、どうしてここに・・・!」
「私、今年からこの学校に入学したから・・・」
「そうではなくてな! 何故、フィリックと一緒に居るのかと聞いているんだ!」
「何だい、かわいい妹がぼくと一緒に食事してちゃまずいのかい、“お兄ちゃん”? ははあ、ひょっと
してジーク、君・・・」
「フィリック!!」
「おお、怖。」

フィリックのからかいを含んだ台詞に、ジークリートはそちらを物凄い目つきで睨み付けた。まさに
「視線で殺せるものなら殺したい」といった形相に、フィリックは小さく肩を竦めた。
兄の感情の機微が分からずきょとんとしているアトレーシアに向き直ると、ジークリートは苦り切った
表情で言葉を続ける。

「・・・あのな、アトリ。せめて人前ではその“お兄ちゃん”は止めてくれと、いつも言っているだろう。
お前ももういい歳なんだからな・・・。」
「うん、お兄ちゃん!」
「・・・・・・。」

にっこりと頷いたアトレーシアは、言った端から早速兄の懇願を粉砕してみせた。
がっくりと肩を落としたジークリートの様子に、傍らでこのやり取りを見守っていたテラとルクレティアは、
顔を見合わせると小さく吹き出したのだった。


  *


「それより、聞いたかい? ・・・明日、ぼくらのクラスに転入生が来るって。」

新たに三人を加え、五人になったテーブル。フィリックのこの台詞に、クラスメートの三人は顔を
見合わせた。
フィリックの竜術士ジラルドは、学院の理事も務めている。その関係で、フィリックはこうした話題には
早かった。

「転入生?」
「うん。今、ぼくらのクラスには風竜がいないだろ。だから・・・」

本来この学院の目的は、将来国を背負って立つ優秀な人材を育てることであり、当然その“人材”の
中には竜王も含まれる。誰かが竜王に選ばれた場合、その補佐として選ばれるのは学院内の
同級生であることがほとんどだった。そのため、学年内での種族のバランスは取れていた方が
望ましい・・・ということになる。

「風竜ねえ・・・。確か、風竜もイタズラ好きが多いって聞いたことあるけど。うちのクラスには、今でも
問題児が二人もいるのよ。これ以上増えたら大変なんじゃないかしら・・・」
「え・・・」

ルクレティアの言葉に、向かいに座っていたテラは心なしか青い顔になった。“問題児二人”と表現
された木竜兄妹、エルフィートとアルフェリアの標的は大抵はテラである。確かに、これ以上“問題児”
が増えては堪らない。

「しかし、随分急な話だな。・・・大体、そうした人材がいるのなら、入学時から一緒でも不思議はない
はずだが。」
「言われてみればそうだよね。里から直接こっちに来るみたいだし・・・ってことは、コーセルテルにいた
わけでもないんだよね。優秀な子なら、みんなここに来てるはずなんだけどなあ。」

ジークリートのこのもっともな疑問に、フィリックも首を傾げた。
真竜族の版図が世界の半分近くに及んでいる現在でも、子竜は基本的にそれぞれの里で産まれる。
その中から、優秀な者が選ばれてこのコーセルテルに送られ、幼い頃から竜術士の指導の元で術力を
身に付けることになるのだ。・・・子竜の成長はその過程に大きく依存するため、里に残ることになる
大多数の子竜たちが急成長を遂げることは、極めて稀なはずであった。あり得ないとまでは言い切れ
ないが、少なくともそうした事例を聞いたことのある者は、この五人の中にはいなかった。
食堂に設えられた時計に目をやったジークリートは、皆を促すように立ち上がった。

「さて、午後は実技だ・・・あまり長居もできないな。食事が済んだなら、行くぞ。」
「そうね。それじゃあね、アトリちゃん。」
「あ、はい!」

一人まだ食事中だったアトレーシアは、立ち上がったテラやルクレティアに向かって笑顔で小さく頭
を下げた。

「ではな、アトリ。・・・悪い男には、くれぐれも気を付けるんだぞ。」
「あ、ひどいなあ。それって、ひょっとしてぼくのことかい?」

フィリックの方を露骨に見ながら、妹に向かって釘を刺すジークリート。口を尖らせたフィリックに
向かって、ジークリートは指を突き付けた。

「昨日。」
「・・・え?」
「一昨日、そしてその前の日の夜。誰と一緒に居たか言ってみろ。」
「そ、それは・・・」
「まさか、毎晩違う相手だ・・・等ということは、もちろんないんだろうな?」
「う・・・」

ジークリートの容赦ない決め付けに、フィリックは赤くなると俯いた。
もちろん、クラスメートであるテラやルクレティアは事の真相を知っている。フィリックが「夜を一緒に
過ごす」というのは「料理を作って相手を家に招待する」という意味であり、やましい部分は微塵もない。
しかし、そうした事情を知らないアトレーシアには印象が良くない表現であることは確かだった。
“してやったり”な表情を浮かべたジークリート、そしてしどろもどろになったフィリックに向かって口を
開いたのは、意外にもアトレーシアの方だった。

「お兄ちゃん。お友達は、多い方がいいと思うけど・・・?」

がたん。
この過度に良心的な言葉を聞いたジークリートは、その場で派手にずっこけた。

(ジークも、苦労してるんだなあ・・・)

再びがっくりと肩を落としたジークリート、そんな兄の様子を不思議そうな顔で見つめるアトレーシア。
ルクレティアと顔を見合わせていたテラは、気の毒そうな表情を浮かべると溜息をついたのだった。


Dandelion Hill(3)へ