Boarding Pass      3 

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「・・・何だこれは。」

二日後、再び風竜術士の家を訪れたトレベスは、その玄関先で固まった。
確かここは、一昨日も訪れたはずの場所。だが、そこはどう見ても同じ場所には見えなかった。

(まさか、違う家・・・ってことはないよな?)

あまりの変わり様にトレベスが中に入るのを逡巡していると、玄関から恰幅のいい中年の女性が
顔を覗かせた。

「おや、トレベスじゃないか。あんたも来たのかい?」
「ああ、ダイナ。・・・そっちこそ、どうしてここに?」
「手紙が来たんだよ。」
「は!?」

火竜術士のダイナは肩を一つ竦めると、トレベスに向かって手紙を放ってよこした。風竜術で飛ば
されたと思しきそれは、紛れもない「トレベス宛」の手紙だった。

「何でこれがそっちに?」
「あたしが聞きたいよ。・・・大体、あんたの彼氏はウチの場所は知らないはずだろ?」
「ああ、多分な。・・・にしても、まさか火竜術士の家に手紙が届くなんてな・・・。」

ラスカのことを「彼氏」と表現されて苦笑いするトレベス。もっとも、風竜術士のモニカと木竜術士の
トレベスが「いい仲」だったのは、周知の事実だったが・・・。

「ここに来た早々風竜術を使うなんてなかなかやるもんだと思ったけど、これじゃ危なかしくって一人に
しておけないねェ。」
「ああ、まったくだ。・・・で、ダイナ。これ、どう思う?」
「あたしもびっくりして、思わず家を間違えたかと思ったよ。」

二人が話題にしているのは、風竜術士の家の内部のことだった。
風竜術士モニカは非常に大雑把な性格で、家事全般は全くダメな人間だった。子竜たちの努力と
トレベスの心配りのお蔭で何とか「家」として住める環境は死守していたものの、どちらかと言えば
風竜術士の家は長らく「遺跡」と言った方が近いような状況だったのだ。
ところが、この日は違った。中は綺麗に掃除された上きちんと整理整頓され、明るい日光が隅々まで
射し込んでいる。そこかしこにあった酒瓶などのゴミも綺麗に始末され、まさにどこの家事コンテストに
出しても優勝間違いなしな片付き様だったのだ。

「・・・あ、トレベスさん、ダイナさん! こんにちわー!」
「はいこんにちは。今日も元気いいねェ。」

玄関前で立ち話をしていた二人に気付いて、フランカとフィオレンザが玄関から顔を覗かせた。

「うん! ね、聞いて聞いて! ラスカさん、ものすごくお料理が上手なの! あたし、朝からあんな
ごちそう見たの初めて!」
「とってもおいしかったのー!!」
「それに、お掃除とかお洗濯も早くて、あっという間に終わらせちゃうの!」
「窓のそうじをしたのは、あたしたちなんだけどね!」
「そうかい、そりゃ良かったじゃないか。・・・おや、その髪はどうしたんだい?」

喜色満面で口々にラスカのことを報告する二人。にこにこしながらその様子を眺めていたダイナは、
ふと今まで乱雑にくくられていただけの二人の髪がきちんと編まれていることに気が付いた。

「えへへ、これもラスカさんにやってもらったのー!」
「どう、かわいい?」
「ああ、とってもかわいいね。」
「わーい!!」

手を取り合って喜ぶ風竜たちとは対照的に、ぞっとしない表情になる竜術士二人。

「あれ・・・モニカの弟なんだって? 本当に血が繋がっているのかねェ。」
「資質は確かにそれらしいが・・・ここまで違うと、何だか疑わしいな。」
「あたしも・・・何だかそう思い始めてたとこさ。」
「やれやれ・・・。」

そんなトレベスとダイナの困惑とは裏腹に、風竜たちの「ラスカ自慢」は続く。

「でね、でねっ! 風竜術も、昨日本を読んだだけでほとんど使えるようになっちゃったのよ!」
「へェ・・・本当かい?」
「それは凄いな。」
「うん!! あたしたちができないようなむずかしい術も使ってたよね!」
「やっぱり、師匠の弟さんなんだなーって!」
「・・・でも、オレたちの力は借りようとしないんだよな。」

と、いつの間にかやってきていたライモンドがぽつりと言った。眉を上げるトレベス。

「・・・そうなのか?」
「うん。それに、あれだけの術を使えるようになったのに・・・オレたちの術練習には付き合ってくれ
ないし。見ててくれるだけでいいって言ったのに・・・。」

ライモンドの台詞に、はしゃいでいた下の二人もたちまちしゅんとなる。

「やっぱり、ラスカさん・・・オレたちのことは好きじゃないのかも・・・。」
「そんなことないさ。もしそうだったら、代理とは言え術士を引き受けたりはしないさ。」
「そうかな・・・。」
「そうさ。」

項垂れていたライモンドの肩をトレベスがぽんと叩いた時、家の奥から当のラスカが出てきた。
エプロンをつけ、腰まである長髪が邪魔にならないように三角巾を頭に巻いたその姿は、どこから
どう見ても正真正銘の女性に見えた。

「みんなー、昼ごはんが・・・あ、トレベスさん、こんにちは。・・・そちらは?」
「あたしは火竜術士のダイナ。手紙をもらったんでね、山の上からはるばる出かけてきたのさ。」
「あ、風竜術が使えるっていうもう一人の方ですよね。わざわざありがとうございます。」

と、ダイナに向かってぺこりと頭を下げるラスカ。

「・・・でもぼく、手紙なんか出しましたっけ?」
「俺宛てのがな、向こうに届いたんだと。」
「ええっ!? そんな・・・」
「まったく、何て方向感覚をしてるんだお前さんは。風竜術を使えるようになったって言うからちっとは
褒めてやろうと思ったが、これじゃ帳消しだな。」
「あああああ・・・どうしよう、またやっちゃったんだ・・・」
「また・・・?」

トレベスの言葉に頭を抱えて真っ赤になるラスカ。「また」という言葉に引っかかるものを感じ、それを
問いただそうとしたトレベスに目で合図をすると、ダイナは両手を広げて皆を家の中に入るように
促した。

「ま、何はともあれあんたのお昼をいただこうかね。」

こうして、その場にいた一行はぞろぞろと台所に向かったのだった。


  *


「いやー、うまかった。あんた、男にしておくのはもったいないねェ。」
「そ・・・そうですか?」
「料理だけじゃなくて、掃除や洗濯も完璧。どうだい、今度ウチのカランに料理・・・いや、家事の
手ほどきをしてやってくれないかい?」
「え・・・いや、ぼくでよければ、いつでも・・・」
「よーし決まった! じゃ、後でこっちへ寄こすからね。いやー、これであの子もちっとは・・・」
「・・・おい、そろそろ話を戻していいか?」

豪勢な昼食と綺麗に片付いた家の中を見て、ダイナはラスカのことをすっかり気に入ってしまった
らしい。食後のお茶の席で、早速自分の補佐竜の嫁入り修行にラスカをナンパする彼女を、トレベスは
苦笑いしながら遮った。

「あ・・・ああ、そうだったね。」
「悪いが、それはまた後でやってくれよ。さて・・・」

厳しい表情になってラスカの方に向き直ると、トレベスは子竜たちの困惑を解消すべく口火を切った。

「さっきライから聞いたんだが、お前さん・・・こいつらの術練習に付き合ってやらなかったそうだな。」
「・・・・・・。」
「一昨日俺は言ったよな? 『教えなくてもいいが、見ててやってくれ』と。約束をしたからにはそれを
守るのが筋だと思うが・・・それとも、何か理由でもあるのか?」
「え・・・あの・・・、・・・家の片付けとか・・・。」
「それもあったろうが、全く手を離せなかったとはとても思えんな。」
「・・・・・・。」

トレベスの棘のある言葉に項垂れていたラスカは、真剣な表情で自分を見つめている風竜たちの方を
ちらりと見ると、小さい声で告白を始めた。

「実は・・・」
「実は?」
「ぼく・・・高所恐怖症なんです。」
「はぁ!?」

次の瞬間、その場にいた全ての人間と竜の目が「点」になった。

「ね・・・念のために聞いておくけどさ、それはあの・・・『高いところが怖い』っていうあれかい?」
「はい・・・それも、ぼくの場合それがものすごくて。家の窓にさえ近づけないんです・・・昨日この子
たちが飛んでいるのを見たときは、もう少しで倒れるところでした。」
「そんな・・・じゃあ、一番基本の飛翔術を使わないのは・・・」
「じゃあ、さっきの窓そうじをあたしたちに頼んだのも・・・」
「・・・何てこった。」

顔を見合わせる風竜たちを見て、頭を抱えるトレベス。高所恐怖症の風竜術士(代理だが)・・・こんな
珍妙な取り合わせが未だかつてあったろうか。否、あり得ない。

(参ったな・・・今日は正式に術士になってくれるよう頼みにきたってのに・・・)

暗竜術および光竜術による捜索にも拘らず、風竜術士モニカの行方は杳として知れなかった。昨日
急遽開かれた臨時の竜術士の寄り合いでは、ラスカに風竜術士を引き受けてもらうということで
意見が一致し、その説得役はトレベスに任されたのだった。
ところが、そんなトレベスをさらに奈落の底に叩き落すようなことをラスカは言い始めた。

「あの・・・それだけじゃなくて・・・」
「まだ何かあるのか。」
「えっと・・・方向音痴もひどくて・・・その・・・」
「手紙の件はそれか。」
「多分・・・。」

しーんとなる一同。消え入りそうな声で自らの欠点を告白し終わったラスカは、項垂れたまま悔し涙を
ぽたぽたと膝に零していた。

「ぼくにも・・・分からないんです。なんで高いところが怖いのか・・・。」
「・・・・・・。」
「昔から、空を飛ぶことに憧れてきたのは本当です。今だって、その気持ちは人一倍あるつもりだし、
大学もそうやって選びました。だけど・・・だけどっ!」

憤然と顔を上げるラスカ。

「どうしてもこればっかりは駄目なんです! もう何年も、何とかしてこれを克服しようと色々やって
きました。でも、駄目だったんです!」
「ラスカ・・・。」
「お願いです・・・このことに関しては、これ以上ぼくを責めないでください・・・。」
「あ・・・ああ、分かったよ。・・・さっきは厳しいことを言ってしまって悪かったな。術士関係のことは、
お前さんのできる範囲でいいから・・・。」
「はい・・・。」

ばつが悪そうに謝るトレベス。泣き顔のまま、ラスカは呆然としている風竜たちに向かって頭を下げた。

「ごめん・・・言えなくてごめんよ。・・・君たちに軽蔑されるのが怖くて・・・。」

しばらくの間顔を見合わせていた風竜たちは、やがて次々にラスカの元へと駆け寄った。

「ラスカさん、泣かないで・・・。」
「そうだよ。そんなことで、ラスカさんのことを悪く思ったりしないって。」
「ね、元気出して・・・。」
「あ・・・ありがとう・・・。」

その様子を見て、トレベスとダイナは顔を見合わせると安堵の微笑を浮かべた。だが、これは何の
解決にもならないのもまた事実だった。あり余る術力を有しながら、それを活かす事ができない
ラスカ・・・風竜術士候補としては完全に失格である。

(・・・また寄り合いで善後策を話し合うしかないか・・・)

この後予想される多大な困難を考え、トレベスは深い溜息をついたのだった。


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