Boarding Pass        4

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風竜術士の家の裏手は、なだらかな傾斜のある広い草原になっている。その端は切り立った崖に
なっており、また周囲には手頃な高さの岩山もあるため、風竜術の修行には適した場所なのだった。

「ねえ、ラスカさん・・・。ラスカさんの家族の話、聞かせてよ。」
「あれ? 姉さんはそういう話をしなかったの?」
「うん。家族の話とかを聞いても、ただ笑うだけだったよね。」
「うん。」

ピクニックと称してここを訪れていたラスカ一行は、草原の中央に車座になって昼食の最中だった。
ラスカ特製のサンドイッチを口いっぱいに頬張りながら、風竜たちが口々に言う。

「そっか。いや、話してあげてもいいけど・・・別にあんまり面白い話でもないと思うよ?」
「それでもいい!」
「聞かせて聞かせて!」
「分かったよ。」

苦笑いすると、ラスカは姉モニカが預かったという風竜の卵に軽く手を置きながら、ぽつりぽつりと
自らのことについて語り始めた。

「ぼくはナーガ・・・南北の大陸の間にある島国さ・・・の出身なんだ。ほら、みんなで見た地図にあった
ろう? 小さい頃から身近に海があって、船はそれこそ世界中のものを見てきたんじゃないかな。」
「海?」
「ああ、海って言うのは・・・そうだなぁ、コーセルテルにある湖をものすごく大きくしたようなものかな。
世界中とつながっていて、行こうと思えばどこへだって行けるんだ。」
「へぇー・・・。すごいなぁ。」

「世界」という言葉に敏感に反応する子竜たち。やはり、興味の対象には風竜としての性格が物を
言うのだろう。

「ぼくの家は四人家族だった。父さん母さんと、姉さん、そしてぼく。もっとも、物心ついた頃にはもう
母さんは死んでしまっていたけれど・・・。」

草原を、静かに風が吹き抜けていく。

「後で聞いたらね、父さんと母さんが船で旅行に出かけたとき、すごい嵐に巻き込まれたんだって。
生存者は父さん一人だった・・・あれは奇跡だってよく言われたよ。」
「・・・・・・。」
「その父さんも、事故の後遺症から間もなく亡くなって・・・ぼくと姉さんが親戚の家に引き取られた
のは、まだ十歳にならないうちだったかな。」

いつの間にか、サンドイッチを食べるのも忘れて話に聞き入る子竜たち。その様子を見てラスカは
微笑むと話を続ける。

「それで、ぼくが大学に入る前の年だったかな。今度は姉さんがいなくなってしまって・・・。随分探した
けど見つからなくて、死んだってことになったんだ。もっとも、本当はここで君たちの『師匠』をしてた
わけだけどさ。」
「ラスカさん・・・寂しい?」

フランカにじっと見つめられて、ラスカは照れたように答えた。

「いや。父さんや母さんと別れたのはずっと昔だし、姉さんは生きていることが分かったしね。本音を
言えば、一目会ってここへ来た経緯とか聞いてみたかったんだけどね・・・。」
「そのうち・・・戻ってくるよ! きっと。」
「どうかな・・・姉さんは気まぐれだからね。でも・・・ありがとう。」

ライモンドの言葉にラスカが再びにっこりしたその瞬間、ずしん・・・と突き上げるような揺れが
コーセルテル全土を襲った。

(地震か!? ・・・いや、これはもしかしてトレベスさんが言ってた「暗竜術の暴走」・・・!?)

コーセルテルに来て一週間が過ぎた今、初めて会った時にトレベスが言っていた「訳あって術士不在の
家を作るわけにはいかない」という言葉の真意をラスカは知らされていた。今、暗竜術士の預かる
暗竜の一人が成長期ゆえの力を暴走させている最中であり、その大き過ぎる力のために、代替わり
したばかりの暗竜術士では抑え切れない可能性があるのだと。

(よし・・・収まってきたかな。家にいなくて正解・・・)

「あーっ、卵が!!」

フィオレンザの悲鳴に視線を上げたラスカは、彼女が指差す方向に目をやった。そこには、先程まで
ラスカの足元にあったはずの風竜の卵があった。
草原はなだらかな傾斜を持っている。横倒しになった卵は、その勢いを増しながら崖に向かって
一直線に転がっていくところだった。

「いけない!!」

ラスカはそう叫ぶと同時に立ち上がり、卵を追いかけていた。

(あれは姉さんが預かった卵だ・・・ぼくが死なせるわけにはいかない!!)

普段なら崖の方を見ることすら避けているラスカだったが、この瞬間ラスカの中に不思議と恐怖感は
なかった。ただ、卵のことしか考えられなかったのだ。
崖まで三歩、二歩、一歩・・・そして、ラスカが卵を抱きとめた時、その身体は宙を舞っていた。

(間に・・・合わなかったか!)

崖の高さは約一リッジ。ラスカが地面に叩き付けられるまでに十秒ほどかかる計算だ。

(ぼくが下になれば・・・卵を救えるかもしれない!)

卵を抱き締めると、ラスカは来るべき衝撃に備えて目を閉じた。その瞬間、卵が弾けると中から物凄い
風が吹き出した。

(!?)

ややあって、ラスカは地面に叩き付けられた。

「ぐえっ!!!」

だが、幸いにも卵が起こした風のお蔭でその勢いは弱くなっており、ラスカが大怪我を負うことは
なかった。
崖の上から風竜術で降りてきた子竜たちが、彼の元へ駆け寄ってくる。ラスカは腰をさすりながら
上体を起こした。

「ラスカさんっ、大丈夫ですか!?」
「あ・・・ああ、何とか・・・ね。逆に、卵に・・・助けられたみたいだ。」
「卵? あ、本当だ。」
「・・・生まれたんだ。」
「・・・え?」

風竜たちは、ラスカの頭上五リンクほどの所に浮かんだ小さな光球を見て口々にそう言った。それを
見ていたラスカは、なぜか自分の頬を涙が伝うのを感じていた。

(これが・・・竜・・・)

「ね、何て名前にするの?」
「名前? ・・・姉さんは決めてなかったのかい?」
「ううん。あたしたちは聞いてないの。」
「そっか・・・じゃあ、ぼくが付けなきゃいけないのか。」

涙を拭い、そう言ってからラスカは束の間躊躇した。ここでこの子に名前を付けてしまえば、この子の
一生に責任を持たなければならなくなる。それは、とりもなおさずラスカが風竜術士としてコーセルテル
で生活していくことを意味していた。

(高所恐怖症に方向音痴・・・風竜術士としては失格なぼくが、果たしてこの子を一人前に育て上げる
ことができるのだろうか・・・)

だが、これはもしかしたらラスカ自身が求めていたことなのかも知れなかった。空への憧れ、そして
「家族」との温かいふれあい・・・全てがここにはあった。





「よし・・・決めた。」

ラスカは立ち上がると、光球に向かって手を差し伸べた。そして言う。

「君の名前はアンジェラだ。ぼくは風竜術士のラスカだ・・・これから、よろしく。」

ふっと光球が消え、次の瞬間ラスカの腕の中には新たな命が抱きとめられていた。
一瞬ラスカの言葉に驚いた表情を浮かべた風竜たちは、すぐにその意味を理解するとラスカに
抱き付いた。

「ラスカさん!」
「術士に・・・なってくれるんだ!」
「うん。これからは・・・『師匠』って呼んでくれても構わないよ。・・・まだまだ修行中だけどね。」
「はい、師匠!」

少し恥ずかしそうに言うラスカ。

「じゃあ、みんな・・・家に帰ろうか。」
「はい! それじゃ、風竜術で・・・」
「とんでもない!! そんな怖いこと、まだぼくには無理だって!!」

ラスカは真っ青になると、アンジェラを抱いたまま逃げるように家への道を歩き始めた。その様子を
呆れた様子で眺めていた風竜たちは、やがて顔を見合わせるといたずらっぽく笑い合い、ラスカの
後を追って走り出したのだった。

「もう、困った師匠!」
「師匠〜! 待って〜!」
「オレたちも一緒に歩きます!」

こうして、新米風竜術士ラスカの辛く厳しい、しかしまた楽しく幸せな生活が始まったのだった。


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