卒業
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「見付からないね・・・。」
「ああ・・・。」
南北両大陸を繋ぐメクタル地峡。セトの故郷であるというフェザンの町は、その南大陸側の付け根の
部分に位置する大きな町だった。
季節はもうすっかり秋であり、午後も半ばに差し掛かると太陽の色が変わり始める。徐々に赤みを
帯びていく陽の光を浴びながら、途方に暮れたトトとココは並んで海を眺めていた。
「ねえ・・・他に、何か聞いてないの?」
「おれが知ってるのは、“フェザン”という地名と・・・『海が見える、坂の上の家』ということだけだ。」
「そう・・・。」
確かに、セトの生まれ故郷がこのフェザンだと竜術士たちに告げたのはトトだった。しかし、実際に
セトを故郷に帰したのは風竜たちであり、その具体的な場所まではトトも知らなかったのだ。
世界地図を見れば、フェザンがどこにあるかは分かる。しかし、実際の町には十万以上の人間が
いるのだ。もちろん、竜術によって身を隠しながらの捜索となったため、町の人間に訊いて回ることも
できない。これでは、たった一人の人間を探し出すのは不可能だ。
山肌を削って作られた港町であるフェザンには、「海が見える、坂の上の家」という条件に合う家は
それこそ山のようにあった。軽い気持ちでここまで出てきた二人だったが、この厳しい現実を前にして
すっかり意気消沈してしまったのだった。
「やっぱり、無理だったのかな・・・。」
「・・・・・・。」
「お母様の暮らしている町に来られただけで、満足しようか。」
自分を納得させるように呟くココ。刻一刻と長くなっていく自らの影をぼんやりと眺めていたトトは、
ふと懐かしい気配を感じて目を上げた。
(・・・?)
「おい。」
「え?」
俯いていたココの肩を叩く。トトが指差した先には、大きな紙袋を抱えてよろよろと坂道を登っていく
女性の後姿があった。
見覚えのある、三つ編みの大きなおさげ。髪の色も、セトと同じ深い藍だ。何より、その後姿の発する
気配は・・・あの日のセトにそっくりだった。
「もしかして・・・」
「うん!」
頷き、駆け出した二人の目の前で、女性は何かにけつまずいて大きくよろけた。
ここは急な坂であり、もし後ろに倒れるようなことがあったら大怪我をすることになるだろう。
「母さん! 危ない!」
トトは、思わず叫んでいた。束の間、術で姿を隠すのも忘れ、ただひたすらに駆ける。
その甲斐あってか、大きくのけぞる格好になっていた女性は、トトの腕の中で尻餅をつく格好で
事無きを得ることができた。
「あ・・・ありがとう。もうちょっとで、大惨事になるところだったわ・・・。」
「大丈夫か?」
「ええ。やれやれ、あたしももう若くないわね・・・」
(母さん!)
振り向いた相手の様子に、トトとココは息を呑んだ。
懐かしい声。姿形が変わっても、この声・・・そして、自分たちを見つめる眼差しは昔と変わらない。
苦笑いをしながら立ち上がった相手は、呆然と自分を見つめるトト、そして目を潤ませているココの
様子に首を傾げた。
「あら・・・どこかで、お会いしたことあったかしら?」
「ああ・・・いや?」
「そう? なんだか、初めて会った気がしないわ。」
膝を払った相手は、二人に向かってにっこりと笑いかけた。
「あたしはセト。助けてくれてありがとう。あなたたちは?」
「おれは、トト。」
「ココといいます。」
「トトに、ココ?」
二人の名前を聞いた相手・・・セトは、楽しそうに笑い出した。
「あたしの子供たちの名前にそっくり! ますます他人って気がしないわ。」
当然の話だった。二人の名前を付けたのもセトだったのだから。
地面に落ちた紙袋を拾おうと腰を屈めたセトを押し止めると、トトは紙袋を抱え上げた。
「家はどこだ? そこまで運ぼう。」
「そう? じゃあ、お願いしようかな。・・・家は、この坂のてっぺんにあるの。」
「わかった。」
紙袋を抱えたトトは、セトと肩を並べるようにして歩き始めた。その後から、紙袋から転がり出た果物を
持ったココが続く。
しばらくして、上目遣いにトトのことを見上げながらセトが尋ねた。
「あなた・・・」
「なんだ?」
「さっき、あたしに向かって『母さん』って叫んだでしょ。」
「え・・・ああ、そうだったか?」
「ええ。どうしてなの?」
「それは・・・」
珍しくうろたえるトト。横から、ココが助け舟を出した。
「その、お母・・・セトさんが、私たちのお母様によく似てたんですよ。ね、トト?」
「あ・・・ああ。そうだ。」
「へえ・・・あたしが?」
少しの間考える様子だったセトは、やがて再びトトを見た。
「その・・・あなたたちのお母さんは? お元気にしていらっしゃるの?」
「ああ・・・多分。」
「多分?」
「おれたちも・・・母さんからは、離れて暮らしているから・・・」
「あらまあ。それもあたしと一緒ね!」
セトが笑ったとき、三人は丘の頂上に辿り付いた。
「さ、ここよ。」
丘のてっぺんには、セトの言った通り一軒の家があった。その門前からは、夕陽に染まった海が
一望の下に見渡せる。
「こっちよ・・・入って。」
海原に見とれていた二人に向かって、一足先に門を入っていたセトが声をかける。我に返った二人は
その後を追った。
大きな家だった。庭もよく手入れされていたが、これだけの大きさの家にも拘らず辺りには人の気配が
ない。不審そうな二人の顔に気付いたセトが、少し寂しそうに笑った。
「ああ、今はね・・・この家に住んでるのはあたしだけなの。」
「・・・・・・。」
「少し前までは賑やかだったんだけどね・・・まあ、言っても仕方ないことだけど。」
その場に漂った気まずい雰囲気を断ち切るように、トトが言った。
「これは、どこに置けばいい?」
「あ・・・ああ、そうだったわね。じゃあ、この玄関の前に・・・」
言われた通り、食材の入った紙袋を玄関前に下ろす。何かを言いかけたココを目で制すると、後ろ髪を
引かれる思いでトトは踵を返した。
そんな二人に向かって、セトが明るい調子で声をかけた。
「あ、ねえちょっと。もし、よかったら・・・夕ご飯を食べていかない?」
「え?」
「今日はね、ちょっとした記念日なの。昔は子供たちもこの日には戻ってきてくれたものだけど・・・
最近じゃ忙しいって、なかなか会えないのよ。癪だからこうやって、豪華な料理を作ってみたりするん
だけど・・・結局、食べてくれる人がいないんじゃ寂しいもの。」
「でも・・・いいんですか?」
「もちろんよ! この食材もあたしも、あなたたちがいなかったら無事じゃなかっただろうし。料理を
食べていく資格は、充分にあると思うわよ。」
「・・・・・・。じゃあ・・・」
「ええ! さあ、トト、ココ・・・いらっしゃい。」
『!!』
片目をつぶったセトは、先に立って家の中に入っていった。
この数十年間、聞くことのなかった呼びかけ。この声で再び名前を呼ばれる日が来るとは夢にも思わ
なかった。・・・それだけで、ここまで来た甲斐があるというものだ。
顔を見合わせ、輝くような笑顔を浮かべたトトとココは、揃って返事をしたのだった。
『はい!!』