卒業      3   

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夢のような数時間だった。この数十年間、望んでも決して得られなかった団欒のひととき。セトも、
二人に対して気兼ねなく、まるで本当の子供のように接してくれた。

「あなたたち、もしかして兄妹じゃないの?」
「どうしてですか?」
「ふふ、何となくそう思っただけ。見かけは似てないけど、雰囲気がそっくりよ・・・ああ、名前も
似てるしね。」

口調こそ大人びていたが、セトの性格は昔と変わっていなかった。こちらに戻ってからの数々の
“武勇伝”に、二人は笑ったり呆れたりさせられたものだった。
話を聞いていくうちに、コーセルテルから戻った後のセトの暮らしぶりも大体掴めた。
仲が悪く、セトに手を上げることもしょっちゅうだった両親は、セトの蒸発を自分たちのせいだと悔い、
その生活を改めていた。無事セトが家に戻ってからは、絵に描いたような幸せな家庭環境になった
らしい。
セト自身も二十二のときに結婚し、今は一男一女に恵まれている。その子供たちも巣立っていき、
二年前に夫が死んだ今は、一人でこの家を守る生活が続いているのだという。

「蒸発・・・ですか?」
「ええ。記念日っていうのはそのこと。十四の時に、ここに突然戻ってきたんだって・・・。」
「どこに、行ってたんでしょう・・・?」
「それがね、覚えてないのよ。七年近くも経ってるっていうのに、おかしいわよね。」

顔を見合わせた二人の前に、セトは衣装戸棚の奥から一枚の服を持ち出してきた。それは、紛れも
なくあの日・・・コーセルテルでセトが着ていたものだった。

「・・・唯一の手がかりは、その時着てたこの服なんだけど。誰も、どこの民族の服だかわからないん
だって。」
「そうなんですか・・・。」
「あれ。そう言えば、その服とよく似てるわね。・・・もしかしたら、二人はあたしのいた場所から
来たんじゃないの?」
「えっ・・・」

手元の服とトトの着ている服を見比べていたセトが、真面目な顔で言う。ぎょっとしたように身を
竦ませた二人を見て、セトは豪快に吹き出した。

「やあね、冗談よ! そんなこと、あるわけないでしょ?」
「あ・・・はあ。」

こうしてそれとなく尋ねてみるのだが、セトはコーセルテルにいた間のことを全く覚えていなかった。
出会ったときに自分たちの名前に特に反応しなかったことからしても当然なのだが、それでも
二人は少なからず落胆したのだった。

やがて、夜も更けてきた。
このままここにいたら、コーセルテルに帰れなくなりそうだった。自分一人だけなら大した問題では
ないが、ココについてはそうは行かない。月には、ココの帰りを首を長くして待っている光竜の一族が
いるのだ。
だが、自分が残ると言い出せばココも間違いなく帰ることを拒むだろう。そうなれば、コーセルテルも
月も大騒ぎになるのは目に見えていた。
このままここにいたい・・・という気持ちを必死に押さえ付け、トトは暇の言葉を告げた。

「そう・・・残念ね。」

ありありと寂しそうな表情を浮かべ、セトは言った。彼女にしても、こうして“家族”と一緒のひとときを
過ごすのは久しぶりだったのだろう。
二人を見送って家の外へ出たところで、セトが何気なく言った。

「ねえ。あなたたちの故郷は、どんなところなの?」
「・・・・・・。そうだな・・・」

束の間考えたトトは、隣に立っていたココに目配せをした。それを見たココも頷く・・・どうやら、トトの
考えていることが分かったらしい。

「見たいですか?」
「え?」

次の瞬間・・・闇に沈んでいた庭に、暗光同調術による色鮮やかなコーセルテルの風景が溢れ出た。
三人が七年の間暮らした暗竜術士の家。
クランガ山の雄姿と、麓の湖の静かな佇まい。
そして、コーセルテルを包む深い森と険しい山々。
どれも、コーセルテルに来たことがなければ目にすることはできないものばかりだ。

「あれ・・・」

目を丸くしてそれに見入っていたセトの目から、いつの間にか涙が溢れ出していた。

「なんでかな・・・。涙が、出てくるの・・・」
「セト・・・?」
「きれいな場所ね。あたしも・・・こういう場所で、暮らしてみたかったわ。」

(・・・!!)

セトの言葉に、トトは僅かに表情を引き攣らせた。慌てた素振りで目を逸らしたトトに向かって、
涙を拭ったセトが言った。

「もう、夜も遅いのよ。何も、今から無理して帰らなくても・・・よかったら、泊まっていってくれても
いいのよ?」
「え? いいんです・・・」
「いや。せっかくだが。」
「ちょっ・・・トト!」

喉まで出かかった承諾の言葉を飲み込むと、トトは頷きかけたココの言葉を強引に遮った。ココの
抗議の言葉にも構わず、そのまま手を引いて門の外へと出る。

「気が向いたら、また顔を見せてね。待ってるから。」
「ああ。ありがとう。」
「お邪魔しました。」

笑顔で小さく手を振ったセトに、ココも笑顔で手を振り返した。だが、トトはセトの方を振り返ることなく、
ココを引きずるようにして坂を下り始めたのだった。


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