四重奏
1
2
3
4
−2−
「あ、トレベスおはよう! ご飯、もうできてるからね。」
トレベスが食堂に足を踏み入れたときには、既に朝食の用意は整っていた。
トレベスの予想通りロンドとアークは赤い顔をしており、サイは決まり悪そうに下を向いていた。
補佐竜のリアだけが、いやにご機嫌な様子である。食卓に着きながら、トレベスは何気なく二人に
声をかけた。
「どうしたんだ二人とも。顔が赤いみたいだが・・・」
「そ、そうかな? そんなことないよ! ね、アーク?」
「そうだよ。トレベスの気のせいじゃない?」
「そうか。てっきり、辛いものでも食べたんじゃないかと思ったんだが・・・」
ぎくり、と肩を震わせたサイの様子を目の端で捉え、トレベスは心の中で大笑いした。もちろん、そんな
様子はちらりとも顔に出さない。それを知ってか知らずか、にこにこしながらリアが言う。
「さ、みんな揃ったし・・・朝ご飯を食べましょ!」
この木竜術士家では、毎日“食うか食われるか”・・・と言うよりも、“食わせるか食わされるか”という
戦いが繰り広げられている。具体的に言えば、いたずら盛りの木竜たちが、ことある毎にトレベスに
毒を盛ろうとするのである。当然、その主な機会は三度の食事ということになる。
人生経験豊富なダイナや、寡黙なくせに妙に鋭いところのあるヴィーカならともかく・・・お人よしを絵に
描いたようなラスカや生真面目なアリシアでは、三日も経てば心労で参ってしまうか、何かに引っ
かかってしまうのが関の山だろう。だが、この一方的にスリル満点な生活が、トレベスは決して嫌い
ではなかった。
『いただきます。』
木竜たちと共に食前の挨拶を済ませたトレベスは、目の前に並べられていた朝食を見渡した。
今朝のメニューはトーストに目玉焼き、牛乳、それに野菜サラダとカボチャのスープ。ごくありふれた
組み合わせであり、なかなか栄養のバランスも良さそうだ。
だが、この「ごくありふれた」外見が曲者なのだ。朝食当番は補佐竜のリアで、大人しく普通の朝食を
出すということはまずあり得ない。「朝食をしっかり摂らないと一日頑張れない」とよく言われるが、
木竜術士家の朝食は「しっかり摂ると一日頑張れなくなる」ことが往々にしてあるのだ。
(さて、と・・・今朝は何だ?)
怪しいのは、木竜の専門分野である野菜や果物、および一部の調味料である。パンと目玉焼き、
牛乳は除外していいだろう。しかし、いくらリアでもその全てに何かを仕込んでいることは考えにくい。
となれば・・・トレベスがそれを口にしそうになったときのリアの反応から、毒を盛ってあるものを
見抜けばいい。
パンにバターを塗る間に、トレベスはここまで考えを整理した。まず野菜サラダにフォークを入れ、
突き刺したトマトを口に運ぶ途中で大きなくしゃみをしてみせる。
「ああ、悪い。」
そのままフォークを置き、スープをスプーンで掬う。一口すすったところで、思い出したような顔で胡椒を
ふってみる。だが、肝心のリアにはここまで芳しい反応はなかった。
(おかしいな・・・)
僅かに眉を上げたトレベスは、目玉焼きを食べながら食卓を見渡し・・・そしてピンと来た。食事をして
いる木竜たちの誰もが、今日に限っては食卓の中央に置かれたジャムに手を出していなかったので
ある。
(そうか、ジャムか・・・)
リアの趣味はジャム作りだった。リンゴやイチゴ、ブルーベリーといった定番のものから、果ては
ニンジンやカボチャなどの野菜を使ったものまで、そのレパートリーは二十種類以上にも及ぶ。
このジャムはコーセルテルの各所で好評を博していた。
予想通り、ジャムの瓶を手にしたトレベスを見て、リアの目が一瞬輝いた。努めて何事もない風を
装ってはいるが、こうしたことに関しては百戦錬磨のトレベスからすると、大声で「それだ!」と言った
のと同じことである。
(後は・・・どうとっちめてやるかだが・・・)
ジャムをパンに塗る。今日はアプリコットで、数あるジャムのうちこれがトレベスの一番の好物だった。
だからこそリアはこのジャムを選んだのだろう。
(涙ぐましい努力だねえ・・・)
パンを食べる瞬間に、トレベスは上着のポケットに潜ませた「森の種」を使ってジャムの毒抜きをした。
・・・やはり、味はいい。使っている果物自体の出来がいい上に、リアがその精魂を込めているのだ。
せめてそのやる気を少しは別のものに向けてくれればな・・・とトレベスは心の中で溜息をついた。
パンを食べ終わる。いつの間にか食事も忘れて自分に注目している四人に向かって、トレベスは
爽やかな笑みを浮かべてみせた。
「・・・ああうまかった。流石はリアの作ったジャムだな。」
「そ・・・そう?」
「ロンド、アーク・・・お前たちは使わないのか?」
「あ・・・その。僕たち、ちょっと最近太り気味で・・・」
「う、うん! だから、甘いものは少し減らそうって・・・」
「そうか。じゃ、ロンドとアークはこれからしばらくおやつ抜きな。」
『え゛。』
(聞いたことないぞそんな話・・・ウソはもうちょっと上手につけよな・・・)
トレベスにジャムの瓶を差し出されたロンドとアークは、しどろもどろになって苦しい言い訳をした。
そんな二人に会心の一撃を見舞うと、トレベスは今度はサイに向き直った。
「サイは? お前もジャム好きだろう?」
「・・・あの、あんまりあまいもの食べると、背がのびないってラスカさんが・・・」
「そうか。じゃ、サイもおやつ無しだな。」
「・・・・・・。」
これで三機撃墜。残るは大ボスのみ。
「リア。お前はもちろん、食べるよな?」
「そ・・・それは・・・」
「お前が作ったんだもんなあ。まさか、何か仕込んである・・・なんてことはないんだろ?」
「う゛・・・」
満面の笑みで、ジャムの瓶をリアに向かって突きつける。進退窮まったリアは渋々それを受け取ると、
パンに載せてそれを口にした・・・と見るや、たちまちその顔色が青ざめた。これから、自ら盛った
“毒”の効果を身をもって知ることになるだろう。
「どうだ、うまいだろ?」
輝くような笑顔のトレベスに向かって、不承不承頷くリア。・・・結局のところ、トレベスはこの“勝負”には
百戦百勝なのだった。