四重奏      3   

 −3−

竜術士の本来の仕事の一つは、預かっている竜たちに竜術の手解きをすることである。
術の練習部屋で、トレベスはサイに向かって新たな術の説明をしていた。サイは先日、やっと種を
芽吹かせる術を身につけたところであり、次はそれを育てることを覚えなければならないのだ。

(あーあ・・・これで、いかがわしい野菜やら果物やらを作るやつがもう一人増えるってことだよなぁ・・・)

心の中で溜息をつきながらも、トレベスは丁寧に術の説明を済ませると、術の実演をしてみせた。
サイが真剣な顔で種に取っ組み始めたのを見て、腰を上げる。補佐のためにトレベスに付き添って
いたリアが、それを見て怪訝そうな顔をした。

「・・・トレベス?」
「おう、ちょっと他の植物の種も取ってくるよ。確か地下倉庫にあったろ。」
「あ、それならあたしが・・・」
「いいっていいって。お前はサイを見てやっててくれ。」
「でも・・・」
「何だ? 俺が外に出ちゃまずい理由でもあるのか? 例えば、あいつらが聞かれちゃまずい話を
してるとか・・・」
「もう! さっさと行っちゃえ!!」
「へいへい。」

口を尖らせたリアに睨まれて、トレベスはおどけた様子で練習部屋を後にした。
普段は言われなければ何もしないリアが、自分から手伝いを申し出てくるなど、何か裏があるに
決まっている。多分、昼食当番のロンドとアークが今は密談の真っ最中といったところなのだろう。
地下にある倉庫で目的の物を手に入れたトレベスは、帰り道・・・足音を忍ばせて台所の方へと
回った。案の定、二人は台所で料理に取っ組みながら不穏な会話を交わしている最中だった。

「朝は、ひどい目にあったね。うぅ・・・まだ口がひりひりするよ・・・。」
「胃も痛いし・・・トレベスはどうして平気だったんだろう。」
「さあね。最初からバレてたのか、それともあれを飲んでも平気なくらいポーカーフェイスなのか・・・」

両方当たりだよ、と扉の陰でトレベスはにやりとした。

「でもさ、トレベスって・・・ほんと、そういうところ鋭いよね。何考えてるのか、顔からは全然わかん
ないし。」
「外の世界では、そういう仕事してたんだっけ。僕たちには、よくわからない話だったけど・・・」
「あーあ。じゃあ、どうやってもトレベスにはかないっこないってことなのかなぁ。」
「いや! あきらめちゃ負けだよ。いつかきっと、トレベスをギャフンと言わせてやろうよ!!」
「おーう!」

トレベスが傍で聞き耳を立てているとは露知らず、ロンドとアークは好き勝手を言っている。

「でも、今日は朝からあんな調子だったし・・・昼はやめておこうか。あんまり立て続けってのも・・・」
「そうだよね。ふふ、次に目指すのは“ウソのつけない実”なんだからね、完成したらここぞという
ところで使いたいよ。」
「これなら、トレベスのポーカーフェイスも意味なくなるし。考えると笑いが止まらないよ・・・」

(そろそろ、頃合か・・・)

あまり長く外にいても、リアに怪しまれるだけだろう。二人の次の目標も判明したことだし、そろそろ
リアとサイのところへ戻った方が無難である。
練習部屋へと引き返しながら、トレベスは小さく首を傾げた。

(“ウソのつけない実”? そんなもの、聞いたことないぞ・・・後で、調べておかなきゃいかんな)


  *


午後になって、ぽつぽつと雨が降り出した。空は暗く、季節柄これから激しい雨になるのだろう。
自室で書き物をしていたトレベスは、ふと窓から外を眺めて溜息をついた。手にしていたペンを
投げ出し、椅子の背もたれに寄りかかる。

(モニカ・・・)

トレベスと恋仲だった風竜術士のモニカは、この年の春に突如としてこのコーセルテルから姿を
消した。彼女の補佐竜であるライモンドが、間違って外界から連れてきてしまったのがその双子の
弟であるラスカで、今は何くれとなくラスカたちの面倒を見てやる日々が続いている。
あれからもう三月以上が経つ。以前とそう変わらない生活のはずだったが、トレベスは心のどこかが
満たされないのをはっきりと感じていた。

(また捨てられるのは、ごめんだぜ・・・)

思えば、あの日もこんな薄暗い雨の日だった。
人生を賭けた大勝負。それに勝った時は、これからはバラ色の人生が続いていると思ったものだ。
しかし、結末は惨めなものだった。結局のところ自分は―――――

(・・・ダメだ。こんなことを考えてても、気が滅入るだけだ。何か、楽しいことをしないとな・・・)

立ち上がったトレベスは、自室に備え付けられた本棚の前に立った。中から目ぼしいものを抜き
出しては中をめくるうちに、いつしかトレベスは昼間、ロンドとアークが話していた“実”について考えを
巡らせていた。

(ウソがつけなくなるって・・・自白剤みたいなもんか? そうだ・・・そういうものがあれば、俺の苦労も
ちっとは減るかもしれないよな)

攻撃は最大の防御でもある。たまには反撃してやらないと、やつらも張り合いがないだろう。

(よっしゃ。・・・いっちょ、作ってみるか)

木竜たちに劣らない盛大な“邪笑”を浮かべたトレベスは、あちらこちらと参考文献を漁り始めた。
窓の外は、いつの間にか本降りになっている。時折雷が光る中、トレベスは久しぶりの“悪巧み”に
没頭したのだった。


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