ある朝目が覚めると    2     

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二日目は、ナスだった。

「ほう・・・」

昨日と同じく、竹籠に山盛りにされたナス。その表面はツヤツヤと輝き、ヘタに立つ棘は収穫してまだ間がないことの証だった。手に取るとずっしりと重く、今回も“特級品”の名に恥じない、素晴らしい出来栄えであることが予想された。
しかし、ナスには特有のアクがあるため、今回は流石にそのまま生で食べるわけにもいかない。しばらく思案したガトーは、竹籠を手に家の中へと引き返した。籠を台所のテーブルの上に置くと、半地下になっている貯蔵室へと階段を降りていく。

(あれはまだ、残っておったかの・・・)

ガトーの家には、他のニアキス族の家庭では見られない、独特の調味料が数多く揃えられていた。その多くは、三年前からほとんど使われることもなく、貯蔵室で埃を被るままになっていた。

「おお・・・あったわい。」

戸棚から取り出した甕に入れられていたのは、味噌と呼ばれる発酵調味料だった。
その昔、ガトーがまだ若い頃にその作り方を教えてくれたのは、料理が道楽だったという先代の木竜術士だった。主に大豆を原料とする種々の調味料は、ガトーの料理を多彩にしくれたものだったが、そもそもコーセルテルに大豆を食用とする習慣はなかった。勢いその入手経路は外界からの持ち込みに限られ、先代の木竜術士が死んだ後はそうした機会も失われたままになっていた。

(・・・・・・)

竈に火を入れ、手鍋が温まるのを待つ。台所に設えられた窓から外を眺めていたガトーは、自分の半生に思いを馳せていた。
若い頃の自分は、村の問題児だった。仕事らしい仕事もせず、まだ日が高いうちから酒を飲んでは喧嘩をする毎日。両親とは早いうちに死に別れていたため、本気で叱ってくれる相手もいなかった。
恐らく、自分のことを持て余した村の誰かが、竜術士に相談をしたのだろう。そうして会ったのが、木竜術士のレイシャだった。
レイシャは、説教じみたことは一言も口にしなかった。ガトーの邪険な態度にも頓着せず、ただひたすらに自身の巡った世界についての話をしてくれた。その中で、ガトーが興味を示したのが、料理に関することだった。
その日から、二人は“師弟”になった。
レイシャは、驚くほど料理についての知識に精通していた。聞けば、若い頃に世界を巡り、様々な料理についての修業をした経験があるのだという。その指導は厳しく、時に打ちのめされながらも、ガトーはめきめきと料理の腕を上げていった。やがてそれは周囲の知るところとなり、二十四歳になる頃には村に小さな食堂を開くことを認められるまでになったのだった。

(あいつに最初に食わせたのは、これだったな・・・)

温まった鍋に薄く油を引き、乱切りにしたナスを炒める。火が通ったところで味噌、酒、砂糖、それに細かく刻んだシソを加える。皿に盛り付けた“味噌炒め”を眺めながら、ガトーは束の間遠い眼をした。
妻のメイアと出逢ったのは、食堂を開いて一年が過ぎた頃だった。ガトーの作ったナスの味噌炒めの味にいたく感動したというメイアは、その後は頻々と食堂に足を運ぶようになり、やがてガトーの手伝いを自ら引き受けるようになった。やがて二人が結ばれたのは、当然の成り行きだった。
メイアは、控え目な性格の持ち主だった。亭主関白なガトーのことを常に立てながら、文句一つ言わずに毎日笑顔で自分に尽くしてくれたのだ。あれから三十年以上、毎日休みなく食堂を営んでこられたのは、メイアのお蔭だった。
その面影を思い出すのが辛くて、妻の死と共にガトーは食堂を閉めてしまったのだった。

(メイア・・・)

最愛の妻は、この家の傍らに眠っている。朝晩の墓参りを、ガトーは欠かしたことがなかった。
小皿に取り分けた料理を手に、家を出る。墓標の前にそれを供え、その場に跪いたガトーが、ゆっくりと話し始める。

「今日はな、懐かしいものを作ってみたわい。・・・覚えとるか? そうじゃ、おまえが最初に食べた、わしの料理じゃ。」

これほどの野菜が、あの頃に手に入れられていたなら。
村の皆に・・・何より、妻にもっと美味い料理を食べさせてやれたのに。

「おまえは、いつもわしの料理を美味そうに食べてくれたな。・・・失敗作もあったろうに、一度も不味いと言われたことはなかったな・・・」

自分には、過ぎた妻だった。メイアとの日々を思い出す度に、ガトーは本気でそう思うのだった。・・・だからこそ、妻のいない生活には耐えられなかった。
食堂を畳んだ際には、それを惜しむ声が多く寄せられたものだった。普段は自給自足を旨とする村人たちではあったが、祭りや各自の“晴れの日”に特別な料理を愉しむ、という習慣がいつの間にか村には根付いていたのだ。
しかし、その全てをガトーは撥ね付けてきた。その余りの狷介けんかいさに、いつしか村人たちも匙を投げ、近頃は話をする相手もいないのだった。

「早く、わしもそちらへ行きたいもんじゃ。・・・何、それほどはかかるまいて。」

今ここにいる自分は、抜け殻のようなものだった。
妻のことを偲び、その許へ行きたいと強く願いながらも、それを果たせず・・・何の意味もなく生き延びてしまっている自分。
しかしそんな日々も、じきに終わりを迎えることになる。その日を、ガトーは心待ちにしているのだった。


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